はんこ追放運動

 田中さんや森さん、山口さんのような左右対称で画数少なめの名字も、見るからに手間の掛かりそうな「綾小路さん」や「勅使川原さん」も値段は一緒。「簡単でも、込み入っていても、大切なお名前だから」▲と、教えてくれたのは手彫り専門の印鑑職人、藤原喜美子さん(71)=長崎市=。ご自身の名前もなかなかの画数だ。この道、ほぼ半世紀。戦後、父が開業した店を1人で守る▲8年前にご登場いただいた人物紹介の記事を読み返しながらお話を聞いた。〈525円の5円はお客さんとの“ご縁”でおまけ〉は、消費税率が変わった今も形を変えて継続中だ。「新聞の切り抜きを持って注文に来てくれたお客さんもいましたよ」とうれしい後日談も▲結婚や離婚、大きな買い物-印鑑は人生の節目や決断のそばにある。企業や役所の回覧書類に押される決裁印は、それぞれが意思決定に関与した責任の証しだ。だから心を込めて彫る▲大臣の号令一下、はんこの追放運動が急加速している。でも「押印がなかったら、その文書を本人が確実に見たかどうか分からない」と藤原さん▲「大きな問題が出てきそう」-職人は心配顔で語る。物事の決定過程や責任の所在が不透明な方が何かと好都合な人も、きっと役所にはいるのだ-と当方は憎まれ口を思いつく。(智)

© 株式会社長崎新聞社