「わたしだけの名」奪う制度終わりに 改姓が嫌なら結婚できないのか

By 江刺昭子

旧姓使用訴訟で国と和解が成立し記者会見する関口礼子さん(左から2人目)ら=1998年3月27日

  女の姓の問題を考えるとき、いつも思い出す詩がある。新川和江さんの「名づけられた葉」。曲がつけられ、合唱コンクールでもよく歌われる。その第1連。

 ポプラの木には ポプラの葉/何千何万芽をふいて/緑の小さな手をひろげ/いっしんにひらひらさせても/ひとつひとつのてのひらに/載せられる名はみな同じ〈ポプラの葉〉

 樹木のポプラの葉のそれぞれには名前がなく「ポプラの葉」としか呼ばれない。では人間である「わたし」は?

 わたしも/いちまいの葉にすぎないけれど/あつい血の樹液をもつ/にんげんの歴史の幹から分かれた小枝に/不安げにしがみついた/おさない葉っぱにすぎないけれど/わたしは呼ばれる/わたしだけの名で 朝に夕に

 わたしは、わたしだけの固有の名を持っている。最終の第3連は、だから自分の個性を輝かせて自分らしく生きる方法を考えなければならないと決意する。

 だからわたし 考えなければならない/誰のまねでもない/葉脈の走らせ方を 刻みのいれ方を/せいいっぱい緑をかがやかせて/うつくしく散る法を/名づけられた葉なのだから 考えなければならない/どんなに風がつよくとも

 ところが、日本の女性たちは今も、結婚によって「わたしだけの名」を捨てざるを得ない状況に追いこまれる。民法750条が夫婦に同一の氏を名乗るように強制していることに加え、日本はいまだに家制度の名残があるからだ。

 それが嫌なら結婚を諦めるか、事実婚を選ぶしかない。事実、ことし1月の国会代表質問で選択的夫婦別姓導入を訴えた国民民主党代表に「だったら結婚しなくていい」とやじが飛んだ。杉田水脈議員の声だったと指摘された。

 しかし、事実婚には相続などでさまざまな不利益がつきまとう。現行の不妊治療助成制度は事実婚の場合は受けられない。こうした現実もあって、妻たちの96%が「わたし」の固有の姓を捨てている。

 そうすると、それまでの社会生活において、旧姓で蓄えてきた成果や実力も見えにくくなる。例えば、研究の積み重ねが評価される女性研究者は、結婚して姓が変わると、自らの業績として評価されず、別人の研究成果と誤認されかねない。

 教育学者の関口礼子さんが旧姓(関口)使用を求めて勤務先の図書館情報大学を提訴したのは1988年。1審は敗訴したが、98年に東京高裁で研究・専門分野での旧姓使用が認められ、和解した。以後、女性研究者は旧姓で仕事をする人が増えた

 一般企業で働く女性たちからも「結婚で姓が変わる不便さを解消してほしい」という声が高まり、96年に法相の諮問機関である法制審議会が、夫婦が別の姓を名乗る民法改正案を答申した。しかし、自民党内の反対が強く国会に提出されなかった。

 2015年には男女5人が夫婦同姓制度を違憲だと訴えた訴訟で、最高裁が「家族の姓を一つに定めることには合理性がある」と合憲判断をする一方、「制度のあり方は国会で論じ、判断するもの」と立法の場での解決を求めた。

 政府は15年末に閣議決定した第4次男女共同参画基本計画で、民法改正に向けた検討を進めることとしたが、議論が進まないまま。19年から住民票やマイナンバーカードなどに旧姓を併記できるように制度変更した。しかし、どこでも自由に旧姓を使えるわけではない。各種の契約や手続きに旧姓使用を認めるかどうかは、企業や行政機関に委ねられている。根本的な解決にはなっていないのだ。

 現在、世論は明らかに選択的夫婦別姓に傾いている。ことし1月に朝日新聞が実施した世論調査によると、69%が賛成で、反対の24%を大きく上回った。男女別だと女性の71%が賛成、50代以下の女性の8割以上が賛成と答えた。

 12月には菅義偉内閣で第5次男女共同参画基本計画が閣議決定されるはずだ。それを見据えて、10月9日、橋本聖子男女共同参画担当相が、第5次基本計画に、選択的夫婦別姓を盛り込むことに前向きな方針を示した。

記者会見する橋本聖子男女共同参画担当相(9月17日、首相官邸)

 自民党の下村博文政務調査会長も「どのように時代の変化に対応していくか、党内の適切な組織で議論してもよい」と述べているが、この言葉の前段には「伝統的な価値観と家族観を大切にしながら」と留保を付けているから、議論の行方は楽観できない。

 1990年代末にもいよいよ民法改正かと盛り上がりながら、自民党の反対で改正案が国会に提出されなかった。あのときと違うのは、地方議会が選択的夫婦別姓制度についての議論を求める意見書を、続々と可決していることだ。神奈川県議会などは自民党議員が提案して可決されており、このような動きが今後加速し、政府を後押しするのではないかと思っている。

 新川和江の詩が言うように、一人一人が「わたしだけの名」を持つから、精いっぱい生きるのだ。その名を奪ってはならない。「女性活躍」を掲げるなら、いつまでも前例や旧習にこだわらず、速やかに法を改正して、女性たちが生き生きと生きる環境を整えてもらいたい。(女性史研究者・江刺昭子)

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