「勝負」の行方

 独創的な新手の数々とユニークな言動で将棋界に一時代を築き、そのものズバリ「勝負」と題した著書もある故升田幸三実力制第四代名人が好んで書いた言葉の一つに「着眼大局、着手小局」がある。出典は中国の古典「荀子(じゅんし)」▲盤面は大きな視点で見渡せ、一手一手の着手は細かなところへ目を配れ-。時の名人を「ゴミ」呼ばわりするなど、ぶっきらぼうな発言の一方で、深く繊細な研究が知られた人柄がにじむ▲そんな勝負師の目に、政府の“勝負術”はどう映っているか。新型コロナウイルスの感染急拡大を受け、担当相らが危機感を表明した「勝負の3週間」が最終週に入った▲誰かと勝ち負けを競っているわけではない。しかし、感染の波は落ち着く気配がない。全国の新規感染者は昨日、過去最多をまた更新、長崎市でも12人の感染が明らかになった。2桁の数字を県内で聞くのは久しぶり▲ウイルスの潜伏期間を考えれば、2週が過ぎたここらで何か兆しが見えてもいいはず-と考えて、政府の具体策を何も思い出せずにいる。「社会全体で危機感の共有を」と官房長官。抽象論だ▲この勝負、大局は見えていたか、細心の一手は打たれたか-どちらも心もとなく、印象は不戦敗に近い。〈勝負は、その勝負の前についている〉…これも升田の言葉。(智)

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