118回

 村上春樹さんは「壁と卵」と題したスピーチの冒頭で「小説家」について〈上手な嘘(うそ)をつくことを職業とするもの〉と語っている。もちろん彼の言う「嘘」は、人間や社会の真実を描くために〈本当のように見える虚構を創り出すこと〉▲〈しかしそのためにはまず真実のありかを、自分の中に明確にしておかなくてはなりません〉-それがうまい嘘をつくための大事な資格だ…とスピーチは続く▲さて、こちらは、村上さんがこしらえる極上の嘘とは似ても似つかぬ子どもじみたウソだが「真実のありか」ぐらいは分かっていたはずだ。自身の後援会が開いた「桜を見る会」前日の夕食会の費用補填(ほてん)問題で検察の事情聴取を受けた安倍晋三前首相▲費用は参加者の自己負担、ホテルの明細書はない、事務所は関与していない…事実と異なる可能性のある国会での答弁は少なくとも118回に上るとされる▲数字が「い・い・や」と読める。関与してないことにすればいいや、きちんとホテルに照会したことにすればいいや、虚偽だと言うなら証拠を示せと言い張ればいいや▲検察には「知らなかった」と話したらしい。近く予定される国会招致では、ウソの報告を鵜呑(うの)みにした結果、ウソを述べてしまった-とでも説明するのだろうか。数字が増えなければいいが。(智)

 


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