過大視されるリスク、過小視されるリスク 歯磨き感染から考える、本当に注意すべきコロナ対策

By 西澤真理子

大阪・梅田の電光掲示板に表示された「非常事態」の文字=1月6日

 非常事態宣言が再度発出された。「1か月で感染拡大を絶対阻止する」。強い言葉で政府は状況打開の決意を強調する。時短要請を受け、東京の夜は午後8時に近づくと足早に帰る人が駅に向かって通り過ぎる。ネオンは相変わらず点いているし、一部で営業している店はあるが、年末と比べると閑散としている。他方「宣言が出ても電車の混雑は変わらない」と、通勤電車での感染不安の声は多い。本当のリスクはどうなのか。現在は、人が過剰に怖がる場面と無頓着な場面が混在している。いわばリスクの過大視と過小視が起きている。背景には感染経路別対策の周知がなされていない現状がある。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽大きなリスク、口からの飛沫(ひまつ)感染

 新型コロナのリスクが顕在化してから早1年。分かってきたのは口からの飛沫や唾液が大きなリスクだということだ。第1波のころに「大きな声」が出る場面(宴会、カラオケ店、ダンス教室など)、換気の悪い場所での「密な会話」(更衣室や昼の休憩室)でクラスターが多発した。 第3波で飲食場面の対策を強化する理由はここにある。

 専門家の分科会を率いる尾身茂会長はインタビューで「状況証拠から見ればお酒を伴う飲食だと私たちは判断しています」「飲食が主要なドライビングフォースとなって家庭や施設を経由して高齢者に伝播し、重症化していく」「総じて地方の感染拡大の基になっているのは都会の高止まり状況で、都会を下火に向かわせない限り、日本全体の沈静化は望めません」(文藝春秋2021年2月号)と語っている。

1都3県を対象に再発令された緊急事態宣言から1週間となった新橋の飲食店街=1月14日、東京都港区

 なぜ(複数による)酒を伴う飲食の場が問題かというと、やはり「大きな声」「密な会話」にある。お酒が入ると声が大きくなる。食べ物をつまみながらの飲みでは、飛沫がどんどんと食べ物にかかる。飲食の場ではだから、飛沫をお互いの顔などにかけない「飛沫感染対策」、そして飛沫が食べ物、グラスや皿などに飛び散りそれを直接・間接に口に入れることで起きる「接触・媒介物感染対策」、この二つが大切だ。

 だがこのように感染経路別の対策は人々の間で整理できているだろうか。現状、どのように4つの感染経路(飛沫感染、接触感染、キス感染、エアロゾル感染)別に対策をするのか、基本的な情報や具体的なアドバイスや正確な情報は限られているというのが筆者の印象だ。感染予防のメッセージは圧倒的に「3密回避」や「マスク着用」で、第1波からアップデートされていない。

 ▽マスク、場面ごとに利用を!

 本コラムでは3密回避を強調することは誤解を生むと書いてきた。3密、「密接」「密集」「密閉」回避は語呂が良く、分かりやすい。だが「密な会話」、つまり、口からの飛沫をかけ合うことが大きな感染源となっていることは「3密」回避のメッセージからは伝わりにくい。

 マスクについても同様だ。飛沫感染対策にはマスクが有効だ。だが、マスクの種類によって飛沫を通す事実が理解されていない。布やポリウレタンのファッションマスクだと、程度の差はあるが飛沫を通すことが複数の実験で分かっている。だから飲食店での調理や接客の際(会話をするのであれば)、ファッションマスク(布やポリウレタン製)を避け、飛沫を通しにくい不織布マスクをする。

 「ポリウレタンマスク『悪者扱い』」などとネットで流れているが、戸外で会話なしに一人で歩いている時や、一人で車を運転する際、マスクは不要だ。逆に、飲食の場では細心の注意を払う必要がある。だが現状はどうか。人目を気にしてマスクを「どこでも」している人が多い。大切なのは、マスクの場面ごとの適切利用なのだ。

マスク姿で通勤電車に乗車する人たち=4月6日、東京都中野区

 ▽電車、バス、飛行機、公共交通機関の感染のリスクは?

 非常事態宣言が出されても通勤電車が混んでいて感染が怖いと聞く。人の移動を減らすには通勤を減らした方がいいが、今意識すべきは、公共交通機関でのリスク過大視(実際のリスクより心理的に大きく見積もる)だろう。電車やバスでは機械換気が大抵しっかり行われている。コロナが起きてから常時窓を開けていることも加え、乗り降りの際に空気が入れ替わる。飛行機でも機内の換気は「おおむね3分毎に機内の空気が全て入れ替わる」そうだ。

 もし読者が「密な会話」が大きなリスクと理解していれば、車中の飛沫感染リスクが高くないことは分るだろう。通勤電車では会話はめったにない上、マスク着用だ。注意すべきは接触感染。つり革や手すりや乗り降りの際のボタンを触った手で、パンやスナックを素手で食べたらリスクが高い。飛行機や新幹線の中でも、ノブを触った指を口に入れるようなことがあれば同様である。

 ちなみに、筆者は電車に座っていておもわず席を移った経験がある。それは、目の前に立っていた、ポリウレタンのマスクをした2人組が大きな声で会話していたから。飛沫はまっすぐに、2メートル先まで飛び、落下する。この状況では飛沫感染のリスクが高いからだ。

 なお、車内が敏感になっている中、咳やくしゃみをする場合には、下を向き、ひじなどで受け止めることは当然ながらエチケットだろう。

 ▽意外な場所にあった職場でのリスク

 職場ではどのような対策がなされているか。マスク着用、アクリル板設置、ドアやノブの消毒がなされているだろう。だが、これらを徹底していてもクラスターが起きる。先月、沖縄のNTTドコモコールセンターで20人弱、東京の都営大江戸線では運転士40人が感染した。

写真はイメージです

 その原因に挙げられたのは、意外にも歯磨きだ。正確には、歯磨きで使った洗面所の蛇口を触ったことだ。運転士の場合には、庁舎の蛇口はハンドルを手でひねるタイプだった。トイレの後の手洗いや歯磨きで使っていたため、唾液が蛇口についていた可能性があると、保健所が指摘している。

 これは身近なリスクといえるだろう。特に日本では昼休みに歯磨きをする習慣がある。歯磨きの際に特に奥歯を磨くと唾液が歯ブラシを通じて手につきやすい。その手で蛇口を使ったら唾液が付いてしまう。陽性者の保有するウイルスが付けば、広範囲の接触感染を起こす。

 たとえ洗面所で手にウイルスが付いても、仕事部屋に戻り、席に着く前にもう一度アルコール消毒をしたら大丈夫だ。だが、洗面所で歯磨きをした後は、清潔になったと思い油断しがちだ。これがリスクの過小視だ。

 リスクを低減する対策としては、自動水栓化か、ハンドル部分をレバー式にして肘で操作することだ。後者は型番を調べればホームセンターなどで安価にレバー式に交換できる。

 歯磨きクラスターの事例を聞くたび、「3密」を強調するあまり、感染経路の周知とリスク喚起が足りないことを思う。リスクの過大視と過小視はリスクコミュニケーション不全に起因している。

 緊急事態宣言が2月に解除されたと仮定しても、根本的な対策の周知が行われないと感染拡大が止められない可能性がある。感染対策の優等生だったドイツでは、変異種への警戒から、バイエルン州で先行して、公共の場やスーパーなどで医療用のN95マスク着用が義務化される事態に発展した。

 これ以上感染を悪化させないためには、個々が正確な感染対策を知り、真剣に取り組むことが鍵となるだろう。

※感染経路別対策は筆者らが主宰する「夜の街応援!プロジェクト:感染予防レッスン」のホームページで無料ダウンロードできる。

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