【元局アナ青池奈津子のメジャーオフ通信=トレバー・リチャーズ投手】地味だから目立つ。そんな友人、いないだろうか?
トレバー・リチャーズの第一印象は、パンチがないのに面食らうというか、話した後で興味がジワッと湧いてくるとでもいうか…。華やかな大リーグで、実に個性豊かな選手たちと出会ってきたが、一瞬にして人々をとりこにしてしまうタイプがいるとしたら、トレバーは真逆なアプローチで食い込んでくるタイプだと思った。
彼の投球やキャリアがまさにそうだと知ったのは、インタビューのあと。
人口2000人ほどの小さな町、イリノイ州アビストンで育った彼。マイナーリーグ時代のオフ、生活のために地元の学校で代理教師をしていたが、幼稚園から中学校までがすべて同じ建物に存在するようなところ。
「全学年に教えるんだ。どんな教科も。すごく幼い子の英語の勉強から、早く高校へ行きたくて仕方ないティーンエージャーの数学まで、その幅の広さが面白いよね」
大リーグの速いペースにのみ込まれてしまうのではないかというくらい柔らかい物腰で話すトレバーは、大学では犯罪学を専攻していたというからこれも意外だった。野球がうまくいかなかったら、警察官になる道なども考えていたという。
実際、そちらの方が現実味が高かったかもしれない。
トレバーは、小学生のころから野球はうまい方だったが、小さな町でのこと。高校野球で投手として活躍したが、希望していた野球の強いディビジョンⅠの大学には入れず、ドラフトでも声がかからなかった。コントロールはいいが、速球がそこまで速くないため、スカウトのレーダーに引っ掛からなかったのだ。
そうなると行き先は独立リーグしかない。
「でも、何も起こらなくて。もういいかげん、フルタイムの仕事を探そうって何度も思ったんだけど、辞める準備ができなかったんだよね。辞めることが間違っているように思えて。あと1年だけ、本当に最後の1年って決めてプレーしていた2016年が運命の分かれ道となった」
16年7月、マーリンズのスカウト、デビッド・エスピノーザ氏が調査しにきた中継ぎ投手2人の対戦チームの先発投手がトレバーだった。トレバーのチェンジアップに目がくぎづけとなったらしい。
「通常、チェンジアップの回転速度はファストボールに劣る。彼の場合はほとんど同じ。説明がつかない現象が起きている」とコメントを残しているエスピノーザ氏自身、00年にレッズからドラフト1位指名でプロ入りしたものの一度も大リーグの土を踏むことなく、プロを辞めた09年以降も野球をあきらめきれずに6年間独立リーグでプレーしていた人物。隠れた才能を持つ選手がいることを肌で知っている彼は、すぐにビデオと報告書を球団に送った。
その2週間後、トレバーはマーリンズのマイナーリーグチームと0ドルで契約。2年後、24歳で大リーグデビューを果たした。
チャンスをものにする、とはまさにこういうことだな、と思わせてくれるトレバーの野球物語。
しかも、彼をデビューにまで導いたチェンジアップは、小学6年生の時に参加したサマーキャンプで、悪天候のために外での練習ができず、元大リーグスカウトが時間を埋めるために教えたものだというから、人生、どこにチャンスが転がっているかも分からない。
「毎日一歩ずつ。練習と野球愛。必ず何かは起こる」
彼が代理教員時代に生徒らに聞かれたら伝えてきたというメッセージには説得力がある。
☆トレバー・リチャーズ 1993年5月15日生まれ。米国・イリノイ州出身の27歳。右投げ右打ちの投手。188センチ、86キロ。MLBドラフトでは指名されず、独立リーグでプレーしていた2016年7月にマーリンズと契約しプロ入り。18年4月にメジャーデビュー。同年25試合に先発して4勝9敗、防御率4・42。19年7月にレイズへトレード移籍。この年は2球団で6勝12敗、防御率4・06だった。チェンジアップが武器の技巧派投手として知られる。