コロナ感染者、その知恵の生かし方

東京都とNPO、体験談を募集  

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JR品川駅でマスクを着けて通勤する人=1月7日

 新型コロナウイルスに感染したら、自分は一体どうなるのか、どんな生活が待っているのか―。経験した人なら答えられる。だが、感染者は批判の的にされることを恐れ、口をつぐんでしまいがちだ。そこで医師や研究者にはない、経験者の知恵をうまく引き出して政策に反映しようとする動きが始まった。コロナが日本で見つかってから1年。感染者の経験は、どう生きるのか。(共同通信=山岡文子)

 ▽機動的に

 今年1月末以降、都内で感染が分かり、宿泊施設か自宅で療養する人に「東京iCDCよりアンケートのお願い」が届くようになった。

 東京iCDCとは小池百合子知事が昨年の都知事選で公約に掲げていた、東京感染症対策センターのことだ。米国の疾病対策センター(CDC)をモデルに「i」は「infectious(感染性のある)」から取った。都のコロナ対策の政策立案、危機管理、情報発信などを担う新しい拠点として、昨年10月に発足した。

 アンケートには「療養中に不便だったこと」や「療養が始まる前に知りたかったこと」など計27の質問が並ぶ。療養を終えた時点でスマホやパソコンを使って回答。もちろん任意で、個人は特定されない。狙いは、回答の中から対策に生かせるものを機動的に取り込むことだ。

「東京iCDC」が発足した日に取材に応じる東京都の小池百合子知事(左)=2020年10月1日

 けん引するのは「東京iCDC専門家ボード」の一人でもあり、東京大学医科学研究所の武藤香織教授。厚生労働省の科学研究の一環で「市民がどう政策に参画できるか」という視点で感染者の声を集める。

 「日本は海外に比べ、患者や一般の市民の提案や要望を政策に反映する動きが遅れていました」と指摘する。「コロナ対策に一般の人の知恵を生かす仕掛けが、ひとつできました」

 アンケートでは、これから療養生活を始める人に向けた「先輩」のメッセージや、東京都に住んでいる人に伝えたいことも尋ねる。「今は政策に生かすことを最優先していますが、集まった回答を分析し、未来に役立てたい」と武藤教授は話す。

 ▽ネットで公開

 コロナに感染すると本人はもちろん、家族の生活も一変する。会員制交流サイト(SNS)に悪質な書き込みがされたり、自宅の壁に紙が貼られたりするなどの嫌がらせが相次いだ。感染を理由に退職に追い込まれる、引っ越しを余儀なくされるなど深刻な問題も起きた。

 NPO法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」は感染者に起きた、あらゆる経験を本人の言葉で語ってもらいインターネットで公開するプロジェクトを始めた。

 「今やる必要があるのか」「生活に困っている家庭に食料を配布するべきではないか」。企画を始めた昨年、ディペックス・ジャパンの内部からも、こんな声が上がったという。

 しかし佐久間りか事務局長は「今、やるべきだ」と確信していた。「経験者にしか分からないエピソードは、記録しなければ検証できない。将来、また感染症が起きたときへの備えを始めなければならないんです」

ディペックス・ジャパンの佐久間りか事務局長=2020年12月28日、都内

 

「コロナ感染症の語り」で参加を呼び掛けているのは、18歳以上で感染の診断後①医療機関から退院した人②自宅や療養施設で療養を終えた人―。家族や、身内を亡くした遺族も含まれる。

 感染者の場合、体に異変を感じたときから、日常生活に復帰するまでの流れを語ってもらう。センセーショナルな体験談の寄せ集めではない。「人の温かさを感じたときや、新たに感染した人の参考になる体験も率直に話してほしい」と佐久間さんは願う。本人の言葉を尊重するため、インタビュアーによる質問は最低限に抑えられる。

 映像と音声をオンラインで収録するが、音声のみでも構わない。参加者が記録に残したくない情報は、公開前に削除できる。感染拡大が収まれば、対面での収録も始める予定。

 本人を特定できるような映像を公開するかどうかは検討中だが、これも本人の要望を尊重する。22年春ごろまでに30~40人の語りをホームページに掲載する見通しだ。

 コロナの語りは、英国や米国など9カ国でも進んでいる。国際比較を通して、感染症対策だけでなく感染者の人権を守る提言も目指す。

 ▽偏った情報

 日本ではコロナに感染者への差別や偏見が、なぜ起きるのだろうか。医療人類学者の磯野真穂さんは「感染者と出会ったり、自分が感染したりした経験が、ほとんどない時期から大量の情報に触れたために恐怖感が先にすり込まれてしまったのが一因」と指摘する。

 「無症状のまま陽性と判断されるケースも少なくないのに、メディアで紹介される感染者は重症者に偏り過ぎている。コロナの感染は重症になることもあれば、軽症のこともあるという多様性が見えない。情報の質も量も極めてアンバランス」と分析する。

医療人類学者の磯野真穂さん=2019年10月15日撮影

 「無症状者が感染を拡大させる」という警告が出され続けるため、感染に気づかないことがあたかも罪のように扱われ、無症状者や軽症者の経験が表に出にくくなることも、磯野さんの懸念材料だ。

 「『差別や偏見はやめましょう』という道徳的な言葉は心に響かないですよね」と話す磯野さん。「リスクをゼロにできないなら、ただおびえるだけでなくコロナとどう向き合うのか。日本は、その落としどころを探す時期にきていると、私は思います」