先人に会いたい 長崎の史跡墓所めぐり<1> 東海の墓 栄華物語る石のたたずまい 古びた碑、流れる悠久の時

「東海の墓」。上部中央の木の右側が初代・徐敬雲夫妻を祭る祠=長崎市、春徳寺後山墓地

 長崎に伝わることわざに「東海さんの墓普請(ふしん)」がある。普請とは建築工事のこと。長崎県有形文化財に指定されている「東海の墓」は、長崎市夫婦川町の春徳寺後山墓地の一角にある。大きな墓が多い土地柄といわれる長崎の中でも群を抜く大きさで、完成までに長い年月を要したことから、物事が遅々として進まないことを例えて「東海さんの墓普請のごたる」と言う。
 「東海の墓」は大きさの他にも、江戸時代前期に造営されていること、中国式墳墓であることなど、その古さと様式も大きな特徴だ。墓所内の石壁や石柱には、文字や獅子、花などが彫られている。かつて獅子の目には金箔(きんぱく)が施され、ピカピカと光って、長崎港に入港する船の目印にされたとの言い伝えもある。
 現在は、立ち並ぶビルや住宅にさえぎられ、墓所から長崎港を望むことはできない。金箔は剥がれ、古びる石碑は悠久の時の流れを物語る。それでも、彫刻が施された威風堂々たる石のたたずまいは、往時の栄華をとどめている。

東海家が所蔵する初代・徐敬雲の肖像画=部分=(長崎歴文博提供)

 ■唐通事の家柄
 そんな立派な墓がある「東海さん」とはどんな人だったのだろう-。
 墓所の入り口に立つ説明板には「唐人貿易の通訳などの任を担った唐通事(とうつうじ)東海氏の墓」とある。さらに「東海氏は徐敬雲(じょけいうん)を始祖とし、その子2代東海徳左衛門から10代にわたって唐通事を務めた家柄で、この墓は、寛文後半~延宝初期(1670~80年頃)に徳左衛門がその父母のために造営した」と書かれている。
 階段状に造営された墓の最上段に始祖である敬雲夫妻の祠(ほこら)があり、その石壁に「墓誌」が刻まれている。それによると、徐敬雲(1593~1649年)は、1617年に、中国浙江省紹興(しょうこう)府から長崎に渡来。長崎に居住を許され、酒屋町(現・魚の町付近)に32年間住んだ。日本人の大村・菅氏の娘と結婚し、2男2女を授かった。貿易のあっせん業で成功し、財をなしたとみられている。敬雲の長男・徳政が、長崎奉行から唐通事に任命され、日本名の東海徳左衛門を名乗った。以降は代々日本名を名乗っている。
 「東海の墓」は、2代目徳左衛門が父母のために造った。完成までに十数年の歳月を要し、その後も改修を繰り返して現在の墓となったとされる。
 墓は、山の斜面を利用して6段で構成され、上空から見ると「五輪の塔」を模した形になっている。墓所内には初代から12代佐吉まで歴代の当主とその家族らの墓碑約30基が並ぶが、当主のうち、3、4、8、9代の墓碑は確認ができていないという。

「夫と2人でお弁当を持って墓掃除に行っていました」と話す東海榮子さん。額縁の写真は夫・安興さん=西彼時津町

 ■中国にルーツ
 東海家13代の安興(やすおき)さん(2016年、72歳で死去)は、国立大学職員として長崎大、鳥取大などの図書館に勤務。定年後は長崎に戻り、古里のボランティアガイドとして自ら観光客らを案内した。
 妻の榮子さん(75)=西彼時津町=は、晩年の安興さんについて「先祖や長崎の歴史を熱心に調べ、ガイドを生きがいにしていた」と話す。11年には、ルーツを探すため中国を訪問したが、先祖につながる手掛かりは得られなかったという。
 東海家には代々伝わる3幅の掛け軸がある。それぞれ開祖徐敬雲、5代儀兵衛、7代安兵衛とみられる肖像画で、作者は不詳。長崎歴史文化博物館の長岡枝里研究員は「初代のものは、おそらく中国人の絵師が描いたのではないか。顔に陰影があり、よく描かれている。先祖の肖像画を祭るのは、中国人が持ち込み、長崎に根付いた文化」と解説する。掛け軸は安興さんが、大切にしていたもので、これまで公開されたことはない。
 榮子さんは「夫が元気だった頃は、2人でお弁当を持って墓掃除に行き、汗びっしょりになりながら草むしりをしていた」と振り返る。その安興さんは現在、春徳寺の納骨堂に眠っている。
 「県外に住む子どもや孫たちが帰って来た時には一緒に墓参りに行きますが、私もだんだん年を取ると、墓の所まで登るのは難しくなるでしょう。そう考えて、納骨堂にしました」と明かした。「ご先祖の墓は、文化財でもあるので私が元気なうちは大切にしていきたい」

 長崎市内には、文化財に指定されている墓が、街の景色にとけ込むように多数点在する。眠っているのは主に歴史文化の分野で、日本や長崎の発展に貢献した人々とその子孫たち。史跡となった墓所に眠る先人らの来歴と功績を紹介する。

◎メモ
県指定有形文化財
指定年月日=1956年4月6日
所在地=長崎市夫婦川町春徳寺後山墓地

 


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