筆一本で38年 正直に、泥臭く 佐世保の直木賞作家 佐藤正午さん

弓張岳から望む佐世保市街地。佐藤正午さんが住む同市は、港町として発展を続ける

 佐世保市在住の作家、佐藤正午さんは、今年デビューから38年。2017年の直木賞受賞後も変わらず、古里で静かに執筆の日々を送っている。今夏、佐藤さんの小説が原作の映画「鳩の撃退法」が公開になる。佐藤さんに近況や作品について聞いた。

 -直木賞受賞やコロナ禍で生活や執筆に変化は。
 ない。もともと外出する方ではないし、たまに東京から出版社の人が来た時に一緒に佐世保の街に出るくらいだった。去年はそれもなくなったので、ほぼ自宅近辺で過ごしている。出版社とのやりとりは以前からリモートなので、仕事にも影響はない。

 -現在は書き下ろし長編を執筆中。執筆のスケジュールはずっと先まで詰まっていて、一作一作書き上げている。
 そんなかっこいいものじゃなく、一度にこなせないから分けているだけ。本が出て、少し話題になって、また忘れられる。書いている間は忘れられている。だから、みんなに忘れ去られているときが、一番仕事をしているとき。それを若い頃からずっと続けている。

佐藤正午さん

■空気感
 -今夏、映画「鳩の撃退法」が公開になる。原作者として映画の感想は。
 もちろん原作と違うところもあるが、原作に流れる空気感のようなものは、ある程度生かされている気がする。映画の公式ホームページのコメントにも書いたが、あの小説の醍醐味(だいごみ)は文体。ストーリーとかじゃなく表現で読ませる小説だと思うので、それを映画にするのはなかなか難しいと思う。映画でしか表現できないところも当然ある。

 -「鳩の撃退法」はどのようにして生まれたのか。
 まずラストシーンがあった。雪が降りしきる中で、主人公が転んで女子大生に助け起こされるシーン。小説の最後のページ。物語の時系列でいうとそこがラストではないが。

 -構想している時と、実際に書いている時はどちらが楽しいか。
 強いて言えば、書き直す時。一つの段落でも、一つの章でもいい。出来上がったものを直す時。何もないところを書いていくのは、そんなに楽しいことではない。年齢が上がってくるとつらくなる。

■験担ぎ
 -競輪ファンとして知られている。今も行くのか。
 (家で)毎日見ている。車券はネットで。ただ見るだけじゃつまらない。負けてストレスがたまっているか、勝って浮き浮きしてるか、どっちか。ストレスがたまってる方が断然多い。
 -執筆の時に聴く音楽を選んでいる。
 験担ぎで。書いている作品によって聴くアルバムが違う。「月の満ち欠け」のときはテイラー・スウィフト。「鳩の撃退法」はピンク。今書いている小説のはまだ内緒。
 -作品の内容と関係は。
 ない。「鳩の撃退法」の作中にピンクは出てくるが、それはたまたま使っただけ。記念に。「永遠の1/2」のときに、自分が初めてやった競輪のレースのことを記念に書いているが、そういうのと同じ。「遊び」。誰にでもあると思う。
 -デビューから38年。長い間第一線で書き続けられる理由は。
 いくつかあると思うが、一つは楽な仕事をしてこなかったから。僕みたいなのは、ばか正直に、泥臭く書いてきたのが正解だったのかもしれない。

■地味に
 -新型コロナがパンデミック(世界的大流行)になった当初、文芸誌などが「コロナと文学」といったテーマの特集をした。
 そういうことに頭を向けなかったから、ずっと続けてこられたんじゃないかな。長く続けるのがいいとは限らない。でも確かに書いてこられた。筆一本で。それは、あまり考えることをせずに、泥臭く書き続けて来たからじゃないかな。手を抜かずに。
 もっと名前をアピールして、世に出ていくやり方もあったかもしれない。そういうのと無縁でやってきた。だから直木賞をもらっても何も変わらないし、人前に出る機会が増えたわけでもない。

 -今後もそのスタイルは変わらないのか。
 今は、小説を書くだけじゃなくて、著者が積極的にアピールしていかなきゃいけない時代らしい。これからの作家はそうなのだろうが、僕はぎりぎり間に合ったので、このまま、地味でいこうと思っている。今デビューしてたら、やっていけたかどうか分からない。

 【略歴】さとう・しょうご 1955年、佐世保市生まれ。北海道大文学部中退。83年に「永遠の1/2」ですばる文学賞を受賞。2015年「鳩の撃退法」で山田風太郎賞、17年に「月の満ち欠け」で直木賞を受賞。ほかに「ジャンプ」「Y」「5」「身の上話」「小説家の四季」など多数の著書がある。


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