ボタンを押せば電車が動く!! JR東日本が常磐線各駅停車で自動運転 ドライバレス運転の可能性を探る(後編)

ダイヤ改正で始まったJR常磐緩行線の自動運転。本稿では自動運転の歴史を紐解きます。(画像:JR東日本東京支社)

2021年3月13日のダイヤ改正からJR東日本の常磐線各駅停車で始まった、自動運転をきっかけにした連載の後編です。日本の鉄軌道の自動運転の歴史を振り返るとともに、ドライバレス運転に見る日本と世界の鉄道文化の違いを考えてみました。

最近話題の多い自動運転ですが、実は日本では40年を超す歴史があります。今まで余り注目されなかったのに、ここに来て国や鉄道事業者、メーカー、研究機関などが急に「自動運転」と言い始めた背景には、生産性革命や省力化・効率化を志向する世の中の流れがあります。まずは、そこを糸口に自動運転を再考しましょう。

国が「自動運転技術検討会」設置

読者諸兄は、鉄道の自動運転と聞いて何を思い浮かべますか。東京や大阪の方は、新交通システムのゆりかもめや大阪メトロ南港ポートタウン線がひらめくかもしれません。ゆりかもめやポートタウン線で一番前の席に座っているのは、運転士じゃなくてお客さん。もしお客さんが運転していたらそれはそれで怖いですが、もちろん列車は自動運転、自動で発車したり駅に止まります。

国は鉄軌道の自動運転をどう考えるのでしょう。国土交通省は2018年末、「鉄道における自動運転技術検討会」を設置して国レベルでの議論を開始、これまで6回の会合が開かれています。メンバーには東京大学大学院工学系研究科の古関隆章教授(座長)、東大大学院新領域創成科学研究科の水間毅特任教授ら日本を代表する鉄道有識者のほか、事業者やメーカー代表が名を連ねます。

国交省鉄道局は、検討会設置の理由を「人口減少で運転士や保守要員の確保・養成が困難になっており、業務効率化の一環として、運転士が乗務しない自動運転導入が求められる」と説明します。

鉄道は就活の学生には人気の業界。事業者が採用に苦労したという話はあまり聞かないのですが、同じ交通でもバスやトラックは運転手不足が深刻です。「ドライバーがいなくて、路線バスを減便」が現実化しています。実は鉄道も人材不足の影が徐々に忍び寄っています。その証拠に、最近電車に乗ると社員募集の中吊り広告が目に付くようになったと思いませんか。

初めての自動運転は1976年

完全無人運転第一号の神戸ポートライナー(神戸新交通ポートアイランド線)。三宮と神戸港沖合の神戸空港間10.8kmを結びます。(写真:のりえもん / PIXTA)

ここで日本の鉄道自動運転の歴史を、先述した水間特任教授の講演を基にたどってみましょう。自動運転第一号は1976年の札幌市営地下鉄東西線とされます。1976年といえば、世はロッキード事件に揺れ、プロ野球では王貞治選手がベーブ・ルースを抜く715号のホームランを打った年。鉄道界では、新幹線「こだま」に禁煙車登場なんていう出来事がありました。

地下鉄東西線の自動運転は、営業列車でなく車庫への回送時、ボタン一つ押せば自動で車庫の決められた番線に入る仕組みだったそうです。目的は運転士が乗らなくても済む省力化。札幌地下鉄はゴムタイヤ式で、鉄輪に比べ滑りが少なく、決められた位置に停車できるメリットを生かしました。

第2号は翌1977年開業の神戸市営地下鉄西神・山手線の一部区間。六甲の山並みをトンネルで駆け抜ける同線は、駅停止位置の正確性向上のため自動運転を取り入れたようです。神戸市営地下鉄は鉄レールと鉄輪ですが、対象区間がトンネル内で、雨によるスリップの可能性がないため採用されました。

偶然かもしれませんが、自動運転の1、2番バッターは両方とも地下鉄でした。

運転手が乗車しない完全無人運転の第一号は、いずれも1981年開業の神戸新交通ポートライナー、大阪メトロ南港ポートタウン線(愛称名・ニュートラム)で、一般には両線が〝無人運転のトップバッター〟とされます。1995年開業の東京のゆりかもめ(企業、路線同名)なども含めた新交通システムは、走行はゴムタイヤ、駅にはホームドアという点が共通します。

東京メトロでは丸ノ内線、千代田線、南北線などが自動運転します。(写真:彩玲 / PIXTA)

40年間大きな進歩はなし

人間なら中堅の働き盛りという長い歴史を持つ鉄道の自動運転ですが、「その後40年間、現在まで画期的な技術的進歩はなかった」というのが鉄道業界大勢の見解です。理由を教えてくれたのは、工学院大学工学部の高木亮教授。テレビコメンテーターとしてご存知の方がいらっしゃるかもしれまん。世界の鉄道界では、最初の自動運転は1984年に開業したフランスのVAL(ヴェイキュロトマティクレジェ=自動案内軌条式旅客輸送システム)というのが定説だそうです。

ちょっと待って、もう一度本稿の前の方をご覧下さい。日本ではVALより3年も前にポートライナーやニュートラムが開業しています。それが世界に知られないのは、高木教授曰く「日本が自動運転の技術開発に熱心でなく、世界への情報発信にも力を入れなかったため」。その理由を「日本の鉄道乗務員は高度な技量を持ち、当時は無人より有人の方が的確に列車運転でき、自動運転の必要性が薄かったため」と推測します。

鉄道で最も大切なのは、もちろん安全や安心。ホームからお客さんが転落したり、踏切で自動車が立ち往生した場合、自動運転の列車で機敏な対応が取れるのか。国や鉄道事業者が、おいそれと自動運転に踏み切れない理由もそこにあります。

自動運転なら増発も可能

日本は自動運転に熱心とはいえませんでしたが、技術は着実に進化しています。心臓部といえるTASC(列車定位置停止装置)の開発が進み、駅進入時にオーバーランの心配がほぼなくなりました。

無人運転と違いますが、最近増えているホームドアのある駅。列車がぴたり止まらないとお客さんが乗れません。微妙な加減速など運転機能も強化され、自動運転もベテラン運転士に比べそん色なく、列車を走らせられるようになりました。

世界の鉄道界は既に自動運転が主流です。例えば、香港の地下鉄は最短2分間隔で列車が発着しますが、多頻度ダイヤを実現できたのは自動運転だから。自動運転を上手に利用すれば省エネも可能です。

高木教授は日本の自動運転の必要性を、「人手不足に対応する省力化」に集約します。一般鉄道での完全無人運転は難しいものの、乗務員はドアの開け閉めやホーム安全確認、異常時対応に専念し、運転そのものを自動化すれば、鉄道事業者にも大きなメリットが発生します。

日本の自動運転は「GoA2.5」

GoA0からGoA4のレベルや乗務形態の違いを示す国交省の自動運転技術検討会の資料。(資料:国交省)

日本の自動運転を表すキーワードが「GoA2.5」です。横文字の羅列で恐縮ですが、GoAは「Grades of Automation」で自動運転のレベルを表します。国際規格ではGoA0からGoA4までの5段階(実際は6段階)に分かれ、GoA0、1=目視運転、GoA2=非自動運転、GoA2.5=半自動運転、GoA3=添乗員付き自動運転、GoA4=自動運転に区分されます。

日本のGoA2.5は、実質GoA3と同じ添乗員付き自動運転。GoA3が車両の発進・停止や加減速など運転に関係する全操作をシステムで自動化、ドア開閉だけを係員(添乗員)が担当するのに対し、GoA2.5は運転操作のうち緊急停止操作と避難誘導を添乗員が受け持ちます。

GoA2.5とGoA3は緊急時のブレーキを添乗員が掛けるか、それともシステムが自動で掛けるかだけの違いですが、やっぱり日本の鉄道は安全第一。踏切で自動車が立ち往生したり、ホームから人が転落したのを察知して機敏な対応を取れるのは人の力なんですね。

GoA2.5は世界にない日本の独自規格で、第三者の私から見ると、一生懸命実用化しても採用するのはおそらく世界で日本だけ、例えれば、〝鉄道界のガラケー(折り畳みのガラパゴス携帯)〟のような気もします。でも2.5と3に大きな差はないようですし、細部に渡る点で安全を重視する、日本の鉄道文化を国際標準にするには必要な技術と思えます。

現在の自動運転は踏切なし、ホームドア(柵)ありが必要条件ですが、国交省は踏切のあるような地方線区への導入も構想します。(資料:国交省)

さらに、ジャーナリストの一人として思ったことを2点。一つはマスコミが自動運転を育てるのか、それとも成長を妨げるのかということです。自動車の自動運転は海外で死亡事故も起きているようで、仮に鉄道の自動運転でトラブルが起きれば新聞やテレビは、「崩れた安全神話」とか「システムを過信」とセンセーショナルに報じるでしょう。

しかし、鉄道の自動運転が今後必要な技術であるならば、社会に新技術を受け入れ育てる機運が必要。それを醸成するのが報道機関の本当の役割といえます。

鉄道でも自動車でも自動運転で社会は快適で便利になる――そうしたメリットを紹介して、社会に受け入れられる土壌を形成する。ニュースソースを提供するメーカーや鉄道事業者、さらに国や関係機関が流行の言葉でいえば「Win Winの関係」になれる、それが今求められているように思えます。

文:上里夏生

【前回記事】
ボタンを押せば電車が動く!! JR東日本が常磐線各駅停車で自動運転 ドライバレス運転の可能性を探る(前編)
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