創業から半世紀が過ぎた2019年、その洋菓子店は岐路に立っていた。
鎌倉ニュージャーマン(鎌倉市)は、古都を代表する銘菓「かまくらカスター」を看板商品に持つ。甘さ控えめのクリームを柔らかなスポンジで包んだ逸品を武器に、最盛期は県内外で30店舗を展開するも、近年は業績が低迷。出店数は1桁にまで落ち込んでいた。
早急に手を打たなければ、さらなる店舗網の縮小が避けられない。社員約120人の雇用を維持していくには、取り得る選択肢が限られていた。
「伝統を守り抜くために、信頼できる企業に事業を引き継ぎたい」
創業者の長女として16年から経営に携わる関千佳子(53)は、夫で専務の健一郎(42)と熟慮の末、自社の支援先を探し始めた。
仲介を担う企業からは早々と数社の紹介を受けたが、いずれも成就には至らなかったという。夫妻は良縁が舞い込む時をひたすらに待った。
◆ここしかない
関はニュージャーマンの経営を担う以前、東京・銀座で別の洋菓子店を営んでいた。しかし、創業者の父が鬼籍に入り、跡を継いだ母は精も根も尽き果ててしまう。そんな姿を見て、夫の健一郎とともに組織の立て直しを目指した。
だが、現実は容赦ない。店舗の運営管理から人事、経理に至るまでの実務に追われる日々。長期的な戦略などもはや描けず、なんとか収益を確保できても、老朽化が進む設備の修繕費に消えてしまう。心が折れかけた。
だから、譲渡先の候補としてその名前を聞いたときに、関の胸は高鳴ったという。
老舗洋菓子メーカー「モロゾフ」(神戸市)。1931年創業の東証1部上場企業だ。
「どの店舗でもスタッフの接客が抜群で、感銘を受けていた。ここしかない、と」
関は当時の心境をそう振り返る。
一方のモロゾフは、過去にも複数の国内企業から譲渡の打診を受けていた。それでも、首を縦に振ることはなかったという。
今でこそ一般化した企業の合併・買収(M&A)だが、その成否は会社の命運を左右しかねない。当然、決断は慎重を期すことになる。
2019年の暮れ。ニュージャーマンの製造拠点に初めて、モロゾフの幹部一行が訪れた。
=敬称略
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中小企業にとって、事業承継は避けては通れない道だ。手塩にかけて育てた会社を手放す経営者、その意志を引き継ぐ後継者、仲介役の第三者。それぞれの視点から課題に迫る。