高齢者ワクチン集団接種 長崎・波佐見町 消毒徹底、漂う緊張感【ルポ】

ワクチン接種後、健康観察のため待機するお年寄り=波佐見町総合文化会館

 全国各地で12日から始まった65歳以上の高齢者への新型コロナウイルスワクチン接種。長崎県内市町のほとんどが施設入所者から開始する計画だが、東彼波佐見町はいち早く集団接種に乗り出した。地元医師会や自治会の力も結集した「オール波佐見」で挑む大規模事業。集団接種2日目となった22日、記者が現場に密着した。

 22日午後1時20分すぎ、町が手配した小型バス2台が町総合文化会館に着いた。降りてきた約30人のお年寄りは一様に緊張気味。「体調はどがんですか」。出迎えたのが同じ井石郷自治会の役員2人だと分かると、少し表情が和らいだように見えた。
 会場に入り、身分証、予診票、接種券、予約票を担当者に見せる。ロビーに案内され、待合席に腰掛ける。つえを突く人や車いすの人が目立つ。付添の家族や会場スタッフは「安全を最優先に」と急かさない。
 お年寄りが席を離れるたび、除菌シートで拭き取っていたスタッフは「万が一、感染者がいたとしても、濃厚接触にならないように、他の人に感染させないように消毒は徹底している」と話した。
 町内で先行接種の対象となる65歳以上は約4900人。このうち約75%が集団接種を受ける予定だ。まずは75歳以上から始め、接種順は抽選で決めた。
 集団接種は効率的な半面、医師や会場の確保、予約の希望にどう応じるかなど難しさもある。同町は町内22の自治会単位で進めることで、県内で最も早く着手を可能にした。町子ども・健康保険課の石橋万里子課長は「地元医師会と自治会の全面的な協力があったから」と話す。多くの自治体が開設する予約センターも必要なかったという。
 この日は井石、平野、村木郷の計233人が接種を予定していた。関わるのは医師や看護師、町職員、自治会役員、食生活改善推進員ら総勢40人。マイカー利用者を駐車場で誘導するのはシルバー人材センターが担った。会場内ではほぼ全員がマスクと防護服、フェースシールドを着用した。
 午後1時57分、医師2人が待つ接種会場に最初の5人が呼ばれた。

◎“いつも通りの雰囲気”心掛け

 新型コロナウイルスワクチン集団接種のため、東彼波佐見町総合文化会館の小ホールに通されたお年寄り1人の周りには、医師1人と看護師2人のほか、食生活改善推進員らが介助役で付いた。医師が診察し注射を終えるまで2~3分。流れ作業のため、町は肩を出しやすい服装で来場するよう呼び掛けたが、肌着になるしかない人もいた。
 記者は中に入れないので、安堵(あんど)の表情で出てきた女性(75)に具合を聞いた。「コロナは怖かけん」と早い接種を望んでいたが、漠然とした「不安もあった」。ただ、会場に顔見知りの看護師がいて安心したという。「先生に『痛くなかごと』ってお願いしたら『痛くなかよ』って。本当にどがんもなかったですよ」
 午後2時すぎ、接種を終えたお年寄りが次々と大ホールのステージに上がった。60脚のパイプいすが整然と並べられ、地元の開業医、別府俊治医師(51)が待っていた。
 接種直後に懸念されるのが、強いアレルギー反応のアナフィラキシーなどの副反応だ。専門家によると、15~30分間の健康観察が必要とされる。ここでは、待機終了時刻が分かるようステッカーに書き、お年寄りの膝付近に貼り付ける工夫をしていた。退屈しないようにと、大型スクリーンには地元の伝統芸能「皿山人形浄瑠璃」の記録映像が流されていた。
 30分経過すると、別府医師は一人一人の顔を見ながら「どうもなかですか」と話し掛ける。お年寄りがうなずくと「帰ってよかですよ」とステッカーをはがした。「日ごろ診察している人が2割くらい。皆さん大なり小なり緊張していましたね」と別府医師。穏やかに過ごしてもらうためにも、いつも通りの雰囲気を心掛けたという。

接種を終えた人の足には健康観察の終了時刻が書かれたステッカーが貼られた

 4時すぎ、井石郷自治会役員の島田一郎さん(63)が少し大きめの声で名乗った。にっこりとした女性にステージ上の待機場所まで寄り添った。「目が不自由な方でね。声を聞いて安心してくれたのかも」と笑った。
 5時20分すぎ、予定した3人が来場しなかったが、ほか230人が健康観察まで終えた。「貴重なワクチンを無駄にはできない」(担当者)と余った分は、未接種の医療従事者にその場で接種した。
 村木郷自治会長の細野勇さん(67)は全員が帰るのを見届けた。出迎えからずっと気を張っていた。「高齢者は時間の融通が利くけど、若い人はどうなるのか。16歳以上の全員を終える道筋は見通せん」と疲れた表情。昼間の慌ただしさから一転、静まり返った会場には消毒液を散布する機械の音が響いていた。

 


© 株式会社長崎新聞社