緊迫する祖国へ募る思い「できること諦めない」 千葉のミャンマー人女性、バイト代で抗議活動を支援

自宅の仏壇に食事を供える金子ティンギウィンさん。ミャンマーでは仏教徒が多数を占める

 軍事クーデターが起き、市民が弾圧され緊迫するミャンマー情勢。遠く離れた日本に住むミャンマー人たちは抗議デモや支援の募金を続けている。「どんな小さなことでも、私にできることは諦めない」。日本人男性との結婚を期に来日した金子ティンギウィンさん(49)=千葉県在住=もその1人だ。祖国の現状に対する思いを聞いた。(共同通信=永井なずな)

 ▽「自分の国でやって」

 最近、大手チェーンのラーメン店でアルバイトを始めたというティンギウィンさん。給料は抗議活動の資金に寄付すると決めている。「たくさんあるメニューを覚えるのが大変。でも頑張らないと」。昼時になればサラリーマンらでごった返す店で、注文取りや習いたてのレジ打ちを懸命にこなす。

 予定が合えば東京都内で開かれるデモやビラ配りに出掛ける。「『自分の国でやって』と言われることもある。一緒に活動する若い子には、こうした反応に傷ついてしまう人も少なくない」。ティンギウィンさん自身はつらくないのか。「外国人が声を上げることに、いろいろな受け止めがあることは仕方ない。悲しい気持ちにはなるが、なるべく相手の立場になって理解するように心掛けている」

ミャンマーの親族や友人からスマートフォンに届くメッセージを確認するティンギウィンさん

 プラカードが収まる大きな手提げには、お茶とおにぎりも欠かさない。「休憩を取るのがもったいない。1人でも多くの人に関心を持ってほしいから」。現地と連絡を取り、寄せられた動画や写真の撮影場所や日時を確認した上で、SNS(会員制交流サイト)による発信も続けている。今後は、地元の千葉県内でもビラ配りなどの活動を始めるつもりだ。

 ▽非国民

 1972年、ヤンゴンに生まれた。5人きょうだいの次女で、教育熱心な家庭に育った。民主化運動がうねりをあげた88年、高校生でデモに参加した。政情不安で休校が続き、自宅で過ごすしかなかった時、書棚で見つけた日本の本が面白く、日本語の勉強を始めた。大学卒業後、語学を生かしてホテルに就職し、その後日本大使館に勤務。仕事を通じて知り合った日本人と交際を始めた。

 当時、ミャンマーでは外国人との結婚は「非国民」とされた。周囲が反対する中、味方してくれたのは国家公務員の父親だった。父親は農業技術者で省庁の幹部だったが、娘の結婚を認めたことで出世の道を絶たれた。近所から嫌がらせも受け、挙式は公にしなかった。出国時の飛行機は、夫と離れた座席を予約した。「結婚で国を出る女性が、軍の支持者に空港で捕まって連れ戻されることがあった。無事に離陸した時はほっとした」

自宅の玄関前で「パダウ」の花を持つティンギウィンさん

 2002年秋に来日。数カ月後、父親が事故で急逝したが、日本に戻れなくなる恐れから帰国を諦めた。「自由な行動を許されず、父に別れを言えなかった。思い出すと今も悲しい」。英国人男性との結婚を理由に政治から長年排除されてきたアウン・サン・スー・チー氏は自らと重なる。

 その後息子が誕生。地元の国際文化大使に就き、学校訪問やイベントにも関わってきた。持ち前の明るく人なつっこい性格。息子の学校のPTA活動に積極的に参加し、友達も増えた。漢字の多い保護者向け配布物の解読など苦労も多かったが、夫がサポートしてくれた。国際結婚がミャンマーでも珍しくなくなった近年は帰国しやすくなり、年に1度の帰省が一家の幸せな時間だった。

 ▽欠かさぬ読経

 今年2月、突然のクーデターで日常が一変した。現地のきょうだいや友人から「家の前に軍人がいる」「発砲音が続く」「身内が拘束された」といった電話やメッセージが昼夜を問わず届く。犠牲者を思うと眠れず、呼吸が浅くなった。「このままでは命を落とす人がどんどん増えていく。一刻も早く軍は市民への攻撃をやめてほしい」

 いつまで続くか分からない緊迫した情勢に、新型コロナウイルスの影響も重なり、次回の帰省のめどはまったく立たない。仏教徒のティンギウィンさんは、自宅の仏壇に毎日向き合い、読経を欠かさない。「最近は読経中でも静かな気持ちを保つのが難しい。だけど、現地の人たちはもっとつらい思いをしている」

 記者が取材で訪ねた4月中旬は、ミャンマーの正月休暇に当たる。自宅玄関には新年を祝う生花が生けられ、その中に、黄色く咲いた造花が紛れていた。この季節だけ咲く「パダウ」と呼ばれる植物で、ミャンマーで親しまれている美しい花だ。「日本での桜みたいな、ミャンマーの人にとって特別な存在」。日本では見かけないため、帰省時に買った造花を大切に飾っている。「愛する国を軍に奪われたくない。自由を求める人たちの声は、誰も止めることができない」

自作の手提げを見せるティンギウィンさん

 最近は得意な手芸を生かし、ミャンマー産の布地で手提げやポーチを作って知り合いに販売している。売り上げを抗議活動の資金に寄付する。購入など問い合わせ先は、ティンギウィンさんのメールアドレス。k.theingiwynn@ezweb.ne.jp

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