荘厳にして静謐!中森明菜は「水に挿した花」で菩薩になった!? 1990年 11月6日 中森明菜のシングル「水に挿した花」がリリースされた日

中森明菜「水に挿した花」に感じた “菩薩” の境地

“菩薩” とは、仏教で「悟りを求め、衆生を救うために多くの修行を重ねる者」――。

辞書の解説に従うなら、中森明菜は1990年11月に発表した「水に挿した花」でその境地に達したといえる。歌謡界では、平岡正明に称えられた山口百恵に次ぐ2人目の菩薩。筆者はどうしてそう感じたのか。まずは当時の彼女を取り巻く状況から振り返ろう。

この時、彼女は25歳。同年7月にリリースした1年3ヶ月ぶりのシングル「Dear Friend」が久々に50万枚を超える大ヒットを記録し、メディアは「女王、復活!」と書き立てていた。復活――。そう、その1年前に世を騒がせた事件によって、女王は活動を休止していた。

事件の真相は当事者にしか分からない。恋愛に関することなら尚更だろう。しかし、彼女は芸能人。しかも当代一の売れっ子だ。メディアが放っておくはずもなく、巷には憶測だらけのニュースが飛び交った。彼女と同い年で、その活躍をデビュー以来、仰ぎ見てきた筆者も、頭では「すべてを鵜呑みにしてはいけない」と思いつつ、溢れる情報に流されていった。

だからだろう。もしかしたら本人は吹っ切れていたかもしれないのに、勝手に不幸の影を見て取るようになってしまった。彼女にしては珍しくメジャーコードの明るい曲調で、女友達を励ます歌詞の「Dear Friend」を歌う姿も、音楽番組のインタビューで見せる笑顔も、どこか無理をしているのではないか――。そんな風に捉えていた。事件当時、歌っていたシングル「LIAR」が自嘲気味に不安と孤独を歌うシリアスなバラードだっただけに、余計にそう感じたわけだ。

歌ったのは “赦し”? 路線回帰のスロバラード「水に挿した花」

それが一転、「これぞ明菜の真骨頂」と思える路線に回帰した。それが「水に挿した花」である。ワルツのリズムに乗って呟くように心情を吐露するスローバラード。冒頭の「三日月から プラチナの光がもれる」というフレーズは、「LIAR」の歌詞「Platinaの月明かり」を連想させる。

ところが、だ。曲調と歌い出しこそ “これまでの明菜” を感じさせたものの、その後の詞世界は決定的に違った。主人公と会話をするのは天使なのか、それとも自分自身なのか。いずれにしても、宗教的ともいえる難解な詞から筆者は「煩悩からの解脱」を感じ取った。それは「勝手な人など ゆるせない」と懊悩(おうのう)する「LIAR」とは対照的に、「だれもが傷つき 罪深いけれど それも愛おしいわ」と、ある種の “赦し” を歌っていたからかもしれない。

「水に挿した花」の作詞は只野菜摘、作曲は広谷順子。ともに明菜プロジェクト初参加だが、その経緯を当時、2人と同じ作家事務所に所属していた作詞家の許瑛子が自身のブログで明かしている。それによると、当初は中森明菜のアルバム用として6人の作家が書き下ろした10数曲の中の1曲だったらしい。確かに「Dear Friend」がチャートの1位を獲得した頃、「年内にアルバムを発売予定」と報じられていた。筆者が購読していた『オリコンウィークリー』にもそういった記述がある。

しかし、その話はいつの間にか立ち消えとなったようで、ある日突然「水に挿した花」のリリースだけが発表された。「もしかして先行シングルか?」とも思ったが、アルバムはついに発売されずじまい。彼女のオリジナルアルバムはレーベル移籍後の『UNBALANCE+BALANCE』(1993年)まで待たねばならなかった。

忘れられたシングル曲「水に挿した花」明菜の歌声が聴く者の魂を浄化

話を戻そう。許のブログによれば、陽の目を見なかったアルバムのコンセプトは「Dream in Dream… 心の旅 内外から表現 宇宙と心と自然をテーマ メディテーション 安らぎと悲しみを同時に伝えられるようなもの」。当時ベストセラーとなっていたシャーリー・マクレーン著の『アウト・オン・リム』をイメージしたスピリチュアルなものであった。

ちなみに「水に挿した花」は、許が只野に言った「もし、あの頃に戻してあげるよと言われて、あの頃に戻ったら…」や、「魂が肉体を離れて、自分が自分を見ている風景」というモチーフに基づいて書かれた詞だという。

なるほど。現世で味わった苦難の末に辿り着いた明鏡止水ともいうべき境地。そんな荘厳にして静謐な印象を受けたのは作り手の狙いでもあったわけだ。

だが、同作のプロモーションは記憶にある限り、ほとんど行なわれなかった。日本テレビ系の2時間ドラマ枠『水曜グランドロマン』の主題歌に起用されたものの、本人の稼働は一切なし。テレビでの初披露が発売4ヶ月後の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)だったこと、シングルのジャケットから初めて本人の姿が消えたことは、前述のアルバムの顛末も含めると、プロジェクト内部で何がしかの混乱があったと考えるのが自然だろう。にも関わらず、「水に挿した花」はチャートの1位を獲得し、女王の貫録を見せつけた。

発売時に本人不在だったことが影響しているのだろう。一般的には「忘れられたシングル曲」になっているが、当の明菜は自身のライブでたびたび歌唱。そのたびに聴く者の魂を浄化するような歌声を聴かせてくれている。長引くコロナ禍で荒んだ言葉が飛び交う今こそ、この曲を切々と歌う菩薩のような中森明菜を観てほしい。

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カタリベ: 濱口英樹

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