グランピングから温泉街再生まで JR西日本がウィズコロナの観光を追求 キーワードは宿泊業界との協業【コラム】

下電ホテルのグランピング施設とテント内のイメージ(画像:JR西日本)

コロナ禍からの出口が見えない中、鉄道業界ではウィズコロナ時代の観光のあり方を追求する動きが盛んになっています。その一つが宿泊業界との協業で、鉄道事業者が送客して、ホテルや旅館が受け入れるという従来型の役割分担から一歩踏み込み、鉄道事業者も旅の目的を創出するのが、新しい流れといえるでしょう。

ここでは、JR西日本が発信した最近のニュースから「岡山県倉敷市の瀬戸内エリアに、豪華キャンプを楽しめるグランピング施設をオープン」「山口県長門市の長門湯本温泉で、温泉街の再生を観光列車で支援」の2題を取り上げ、狙いなどをまとめました。

「せとうちグランピング」で手ぶらキャンプ

JR西日本、JR西日本コミュニケーションズ、下電ホテルの3社は2021年4月28日、岡山県倉敷市の鷲羽山下電ホテル敷地内に、グランピング施設「SETOUCHI GLAMPING(せとうちグランピング)」をオープンしました。2020年9月から2021年1月まで実施した実証実験で、新しい観光の可能性を見極めつつ、感染拡大防止も確認。ゴールデンウイーク(GW)に合わせたプレオープンに続き、夏休みの2021年7月下旬にはグランドオープンを迎える予定です。

JR西日本が乗り出したグランピング、グラマラスとキャンピングを合わせた造語で、直訳は「魅力的なキャンプ」。言い換えれば、「まるでホテルに滞在するようなキャンプ」といったところでしょうか。キャンピング場がホテルのような食事を用意し、泊まるのはテントの場合もありますが、通常は一戸建てのコテージやトレーラーハウス。日本では、欧米での流行を追って2015年ごろから、一部のキャンプ場やホテルがサービスを始めました。

テントや調理器具など、多くの用品や用具を持参する本物のキャンプ(?)はクルマでないと難しいのですが、グランピングはベッドや食事を施設側が用意するので、〝手ぶらキャンプ〟も可能。鉄道事業者にも参入のチャンスが生まれました。JR西日本と、グループで広告事業を手掛けるJR西日本コミュニケーションズは、鉄道の利用促進に加え、瀬戸内国立公園エリアの観光振興につながることから下電ホテルとの協業に踏み切りました。

「瀬戸内はヨーロッパの湖を一つにしたほど美しい」

無人島・釜島の夕陽体験。島ではフィッシングも楽しめます(画像:鷲羽山下電ホテル)

瀬戸内が日本を代表する観光スポットということの説明は不要でしょうが、はし休めとして、鉄道に関連する話題を少々。世界初の旅行会社を創業し、鉄道ファンには時刻表で知られるイギリス人のトマス・クックは明治の初め、団体客を引き連れて訪れた瀬戸内で、こう詠嘆したそうです。

「私はイングランド、スコットランド、アイルランド、スイス、イタリアの湖という湖のほぼすべてを訪れたが、ここ(瀬戸内海)はどれよりも素晴らしく、それら全部の良いところを集めて一つにしたほど美しい」。

話を戻して、JR西日本は瀬戸内エリアの活性化を目指す「せとうちパレットプロジェクト」で、新たな着地型体験観光のグランピングに着目。京阪神や首都圏方面から誘客して、交流人口の拡大を目指すことにしました。

クルーズ、夕陽鑑賞、フィッシング……

実証実験は成功を収め、今回の施設オープンにつながったわけですが、実証期間中の食事へのこだわりをワンポイント。京料理研究家として知られる大原千鶴さんがメニューを監修、食材に地産品を使い、夕食はグランピングスタイルのバーベキュー、朝食は洋風ブレックファストを提供しました。観光メニューも瀬戸内の多島美を眺めるクルーズ、無人島での夕陽観賞、フィッシング、ビーチヨガと多彩です。

GWのプレオープン時はドームテント2基で運営し、最大12人(1テント当たり大人4人まで、乳幼児の添い寝で6人まで)が滞在できます。夏休みのグランドオープン時は、テント5基に増設する計画です。

屋外滞在のグランピングは、感染リスクが少なく、ウィズコロナ時代の新しい観光として期待を集めます。最寄駅は、JR瀬戸大橋線児島駅です。

グランピング施設にナローゲージの電車

せとうちグランピングが開業した鷲羽山下電ホテルは、下津井電鉄(下電)の系列ホテルです。下電は線路幅762ミリのナローゲージの電車として、ファンに知られていました。全盛時、JR瀬戸大橋線茶屋町―下津井間21.0キロの路線を運行しましたが、マイカーに押されて1991年に全廃されました。

下電ホテルの駐車場には、一部クラウドファンディングの資金も活用して移設された下電の車両が置かれ、会議やイベントに有料で貸し出してもらえるそう。鉄道ファンはグランピングより、こちらが気になるかもしれませんね。

下電ホテルに置かれた下津井電鉄の電車(写真:papa88 / PIXTA)

長門湯本温泉郷の再生を星野リゾートに託す

長門湯本温泉の夕景。温泉街を流れる音信川には6本の橋が架かり、それぞれライトアップされます(画像:星野リゾート)

後半は、JR西日本と星野リゾートがタッグを組んだ温泉街づくりの話題です。対象地は長門市の長門湯本温泉。開湯は室町時代の1427年と伝わる山口県最古の温泉郷で、最盛期の1980年代には年間40万人近い観光客が訪れました。

しかし、来訪者の多くは近隣の観光地・萩を訪れる団体客。団体から個人・グループへのシフトという観光の流れに乗り切れず、創業150年の名門旅館が廃業に追い込まれるなど、近年は不振に悩まされていました。

再生を託されたのが星野リゾートで、テレビコメンテーターでもおなじみの星野佳路代表が、自ら現地に足を運び「長門湯本温泉マスタープラン」を策定しました。星野代表が長門温泉に足りないと指摘したのは、「外湯」「食べ歩き」「文化体験」「回遊性」「絵になるシーン」「佇(たたず)みたくなる空間」の6項目です。

本サイトは観光系でないためポイントにとどめますが、温泉ホテルは、とかく食事、入湯、お土産ショッピングと観光のすべてを施設内で完結しがち。宿泊客が街に出歩かないと、温泉街の賑わいは戻らないというのが星野代表の持論です。

星野リゾートは、2020年3月に「星野リゾート界長門」を開業。新しい温泉旅館から、長門湯本温泉を再生します。

山陽新幹線乗り継ぎで長門湯本温泉に向かう観光列車「ゆずきち号」

山陽新幹線新山口駅と長門湯本温泉をつなぐ柑橘香る「ゆずきち号」。〝旅の途中から非日常〟がキャッチフレーズです(画像:星野リゾート)

星野リゾートが長門湯本温泉の再生に着手したのは2016年で、5年が経過しようとしています。2020年からのコロナ禍で、温泉地はおしなべて厳しい状況にあり、打開策が京阪神、そして首都圏から東海道・山陽新幹線と在来線を乗り継いで長門を訪れる、温泉客の利用を意識した観光列車です。

JR西日本と星野リゾート、それに地元の街づくり会社・長門湯本温泉まち(企業名)は2021年4月14日、誘客促進のための新しい取り組みを発表しました。

JR西日本が2021年6~9月に運行するのが、「柑橘(かんきつ)香る『ゆずきち号』」。観光列車「○○(まるまる)のはなし」を使って、山陽線新下関―山陰線長門市間を結びます。運転は6月15、17日、7月13、20日、9月8、29日の6日間。行きの車内では、萩市在住の陶芸家・金子司さんが製作したオリジナル萩焼の器でアフタヌーンティーを提供します。5種類の茶葉を選別・調合して作るオリジナルブレンドティーです。

帰路の車内では、阿川駅で飲食や地産品を販売するカフェに立ち寄り、地元業者が製造販売する柑橘類の「長門ゆずきち」を使用した菓子ボックスを提供。往復の車内でも、観光気分を満喫してもらいます。

旅行2社がツアー商品として販売

車内には長門ゆずきちや、山口産の夏みかんを加工したオリジナルオイルを置き、上品でさわやかな香りで旅の思い出を演出します。長門市関係者による見送り、記念乗車証の配布なども予定します。

ゆずきち号は、日本旅行と阪急交通社の旅行2社が長門湯本温泉の宿泊施設をセットした旅行商品・企画列車パッケージ商品として発売します。

星野リゾートはJR東海の「ずらし旅」ともコラボ

JR東海と星野リゾートがコラボする「ずらし旅」イメージ(画像:星野リゾート )

最後に、星野リゾートと鉄道事業者が協業するもう一つの動きをご案内。JR東海は2021年4月26日、同社が提唱する新しい旅の形「ずらし旅」で、星野リゾートとのコラボレーションを発表しました。

第1弾として、JR東海は星野リゾートが国内に5施設を展開するファミリー向け宿泊施設「リゾナーレ」とタイアップ。静岡県熱海市のリゾナーレ熱海などで、「平日に家族でずらし旅」キャンペーンなどを展開します。実際には、星野とグループの旅行会社・ジェイアール東海ツアーズとの連携策になるそうです。

文:上里夏生

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