「赤煉瓦」看板守り続ける 宮崎市老舗バー先代ママ死去 

両親の思いを胸に笑顔で客を迎える次女の俊子さん(右)と、夫でマスターの松山春喜さん=3日午後、宮崎市の「赤煉瓦」(撮影時のみマスクを外しています)

 歓楽街ニシタチの黎明期、1956(昭和31)年に宮崎市橘通西3丁目に開業した老舗洋酒バー「赤煉瓦(あかれんが)」の創業者、中津清水(きよみ)さん=享年(72)=の妻で先代ママの幸子さんが5月19日、93歳で亡くなった。88(同63)年、次女夫婦に引き継ぐまで三十数年、店を切り盛りし多くの酔客に慕われた幸子さん。新型コロナウイルス禍でニシタチは今も人影はまばらだが、次女俊子さん(71)らは「本来のにぎわいが戻るまで、両親の思いを胸に看板に明かりをともし続けたい」と思いを強くしている。

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