THE MACKSHOW - 激動の時代を生き抜く"不滅のロックンロール"ここにあり! 昭和96年度版永久未成年応援週末ソング集に見る粋なスタンスと揺るぎない矜持

コロナ禍になって早々にツアー延期を決断した理由

──このコロナ禍であらゆるミュージシャンが活動の在り方を問われるなか、マックショウは昨年の3月中旬にツアー延期を発表するという決断の早さを見せましたね。

KOZZY MACK(以下、K):それでも何とかツアーをやれる方法がないかともちろん考えたけど、僕らのお客さんは親の立場だったり、勤めていたり、会社で責任のある立場だったりする人が多くてね。それにライブとなれば「祭りだ!」みたいなことになって、会場へ来てライブを観てまっすぐ家に帰るなんてことはあり得ない。それならツアーを延期にして仕切り直したほうがいいだろうと考えた。他のバンドはまだライブをやっていた頃だったけど、ちょっとでも感染の危険があるならやめようか、ってことでね。僕らがやめればやめる人も増えるだろうから。無理にやることもできたんだけどね。

──「いま飲みに行かないことが、遊びに出ないことが誰かを、あなたの大切な人を、ロックンロールの未来を救うことになる」という声明に準じたわけですね。

K:そういうこと。まずはウイルスの蔓延を止めることが先決だったからね。僕らのやるロックンロールは不要不急の最たるもので、「それでも音楽はなくてはならないものなんだ!」と言ってくれる人はありがたいことにたくさんいるけど、社会的に考えれば最優先事項じゃない。プロの音楽家としていたずらに長くやってきた者として、自分たちがいまどうしてもライブをやりたいとか、ライブをやらなくちゃ食っていけないとかよりも、今はただウイルスに感染しない、感染させないことを徹底するべきだと思った。

──お客さんのことをまず第一に考えたわけですね。

K:お客さんはもちろん、自分たちも含めてね。僕も含めてのファンというか、僕自身もマックショウのファンだから。ライブこそ観られないけど、会場へ行ったりライブをやったり、そのためにいろんな準備をすることが楽しいんだよ。トミーもバイクボーイもそうだろうけど。だから僕らだってライブをやりたいのは山々だったけど、一旦仕切り直そうと。政府の言うことを一方的に聞くわけじゃなく、社会的に考えてここは引こうと思った。

──東日本大震災のときもそうでしたが、こうした状況になると音楽に携わる人たちは真っ先に収入が途絶える上に必要とされる順番は一番最後になりますよね。つくづく因果な商売だなとは思いませんでしたか。

K:たとえば今これはやめてくださいと要請されること…スポーツや娯楽、旅行といった中に僕らみたいな音楽は入ってなかったからね。密を避けるためにイベントの収容人数を5,000人に制限する方針が政府から出たけど、僕らのライブ動員は5、600人といったところだし、社会的にはそういう方針にも満たない音楽なんだよ。ただコロナ禍になってすぐライブハウスからクラスターが発生したし、まずはそういったネガティブなイメージが払拭されてクリーンになってからライブを再開しようと思った。ライブをやらなければ無収入になるけど、それも覚悟の上でね。

──しかも昨年の8月から11月にかけて予定していたツアーも全公演中止という決断を下されましたよね。

K:それはかなり早い段階で決めてたんだけど、発表をギリギリまで待ってみた。もしできるのなら1本でもやりたかったから。だけどまず東京ができない、移動もできないということになって、これは全公演中止だなと。たとえば名古屋とかでもいいから1本だけやって、それを配信してみるプランも考えたけど、外出移動ができないのならこれは全部ダメだなと思った。

──昨年の7月4日には南青山MANDALAで初の配信ライブ(『ザ・マックショウ 俺たちの独立記念日“STRANGE WEEKEND” 土曜スペシャル生配信ライブ』)を敢行されましたが、これは配信でもいいからライブをやってほしいという声に応えた形ですか。

K:まずは元気な顔をみんなに見せたかった。当時の東京と地方ではコロナに対する温度差がだいぶあって、僕の田舎の広島では感染者が全然出てなかったし、東京がどれだけ大変な状況かなんて地方は分からない。だから「今はこういう状況だからツアーができないんだよ」というのを配信で伝えて、こうしたライブの形が今後スタンダードになると残念だけど、それでもこういうことをこれからやっていくよというのをまず見せるにはやったほうがいいのかなと思って。その頃はこのコロナ禍が長くかかるなと肌で感じてたし、全国のライブハウスを回れるようになるのはだいぶ先だぞと感じてたしね。一時期は感染者数が減ったりもしたけど、コロナ禍が落ち着くってことには当分ならないんじゃないかと思ったし。

──ライブ配信については演者によって賛否両論ありますが、コージーさん自身はやってみてどう感じましたか。

K:生配信ならごまかしも効かないし、ラインの音がそのまま画面から流れちゃうからちょっと待ってよと最初は思ったけど、良くも悪くもやるしかないっていうか。いいカメラやいい音響を使って良く見せる方法はいくらでもあるだろうし、今は技術的に何でもできるから不本意な部分をカットしたり編集し直したりもできるんだけど、僕らの場合はそこまで突き詰めなくてもいいかなと。ライブで歌詞を間違えたり演奏をミスするのは当たり前のことだし、ロックンロールのライブってそういうものだから。決して完璧なものじゃないし、間違えたらごめんと謝ってやり直せばいい。

──マックショウはそもそもレコーディングでも一発録りを流儀としていますからね。

K:うん。だから配信ライブでも一発でやるのを見せるしかない。その姿をお客さんに楽しんでもらうっていうか。

苦渋の決断だった昭和の日のコンサート中止

──お客さんが目の前にいないライブはやはりやりづらいものですか。

K:すごくやりづらいよ。公開リハーサルをしてるようなものだしね。抽選でお客さんにリハーサルを見てもらったり、テレビの収録も経験があるけど、無観客でライブをやるのはまさに暖簾に腕押しだから。

──生のライブとは情報量が全然違いますよね。パソコンの画面には現場の空気や匂い、音圧までは伝わりませんし。

K:ライブっていうのは自分の目でステージを追って、いろんなことを感じたりする場だし、その空気感が配信にはまるでない。もちろん配信でどう見せればいいのかとか自分たちなりに考えてはいるけど…まあ、コロナ禍が長引かなければいいなと思いつつ、結局は長引いちゃっているよね。だから配信に関しても本腰を入れてやっていかなきゃいけないなとは思う。これはもうよっぽどのことがない限り元の世界には戻れないと早い段階から感じていたしね。

──2020年のうちに配信を含めたトライ&エラーを繰り返した上で、さる4月29日‏に東京キネマ倶楽部で開催を予定していた有観客+配信ライブ(『ザ・マックショウ・アワー 昭和の日スペシャルコンサート「不滅のロックンロール」』)は、本来ならマックショウが新たなフェーズに突入したことを伝える絶好の機会だったわけですよね。ところがそれも三度目の緊急事態宣言発出を受けて中止となってしまい…。

K:キネマ倶楽部での配信にはすごく力を入れてたし、それまでの配信で小ぶりに見せていたのとは違って特効を使ったり、タッパもあるいい会場でやることに意義があった。キネマ倶楽部はマックショウにとって一つのスタンダードになってるし、昭和の日には毎年そこでライブをやるのが決まりだったしね。そのライブを地方のみんなにも配信で見てもらう、DVDとは違う同時性がすごく大事だった。その時間に見られなかった人のためにもちろんアーカイブは残すけど、本当は必要ないと思ってるんだよね。生で見てもらうのが一番だから。そうやって現場へ駆けつけられない人には生配信で見てもらう、会場へ来れる人は現場で一緒に楽しんでもらうというのを2021年のスタート地点にしたかったんだけど、また緊急事態宣言が出ちゃって諦めざるを得なかった。すでに機材も手配してスタッフも用意した状態だったけど、会場へ入る数日前に宣言が出ちゃったので。それは東京都からの要請に従ったというよりも、イベンターや会場側と検討を重ねた結果だった。キネマ倶楽部も「ここは中止にしたほうがいいでしょう。キャンセル料は要りませんので」と言ってくれたこともあってね。僕らはこれまでグレッチが何本も買えるくらいキャンセル料を払ってきたけど(笑)、そればかりは仕方ない。会場を押さえなければライブはできないし、去年はツアーを2本キャンセルしたから経済的損失も大きかったけど、ライブハウスだって商売だからキャンセル料を取らなきゃ成り立たないからね。

──昭和の日のコンサート中止もまた苦渋の決断であったと。

K:たとえば今ならオリンピックをやるために政府の政策は動いていて、そんなこと俺たちミュージシャンには関係ないんだよ! とか、オリンピックができるならライブだってできるだろ!? みたいなところに走っちゃいけないと思うわけ。そういうことじゃないんだよ。今やライブハウスから大きなクラスターも出てないし、コロナに感染する確率は欧米と比べて低いし、コロナ禍でもライブをやり続けている人もいるんだから自分たちだって大丈夫だろ? 政府の言うことなんか聞くことないよ! みたいになっちゃダメなんだよ。政府の言うことを素直に聞くべきってことじゃなくて。まず感染を抑える、蔓延を抑えることが基本なんだし、それは家にいればできるんだから。外出せず、飲みに行かなければ感染拡大防止につながるし、少なくともわれわれはこの状況を我慢しよう、今はウイルスの感染を抑えることを第一に考えようよ、ってこと。ライブ開催に対して慎重なのはそういう僕らなりの宣言でもあるわけ。…まあ、そうは言ってもキネマ倶楽部はやれるかな? とちょっとは思ったんだけどね(笑)。お客さんは従来の半分、200人くらいだから黒字にはならないけど、1年かけてやっとお客さんを入れてライブをやれるぞ、配信も見せられてDVDも作れるぞと思っていたから、それを自ら中止にするのは本当に苦渋の決断だったよね。と言うのも、僕らのお客さんの中心になっているのは若いときに社会に迷惑をかけてきた人ばかりなんだよ(笑)。親の言うこと、先生の言うこと、社会の言うこと、政府の言うことなんてまるで聞かずに生きてきた人ばかりだけど、今や彼らも人の親になってるわけでしょ? みんなもういい大人なんだから、ここは冷静になってウイルス感染を止めませんか? というのがまず基本にあるんだよ。

いつでも自分の立場がゼロになる覚悟がある

──そうしたコロナ禍におけるマックショウのアティテュードは、トミーさんやバイクボーイさんとも共有されているんですよね?

K:そうだね。ライブのブッキングや支度はトミーが全部やって、僕は事務的なことをやる、バイクボーイは荷物を運ぶというのがメンバー各自の役割で、トミーには何とかライブをやれる方法を探してくれと頼んでいたんだけど、最終的に僕が「この状況ではギリギリできないかな…」という判断を下すことが多かった。「他のバンドもライブをやってるんだからマックショウだってやればいいじゃん」という意見もあるし、その気持ちも分かるけど、プロのミュージシャンとしてできること、やらなきゃいけないことを自分なりに考えて、そういうことじゃないと思ったわけ。たとえば30人、40人を集めたライブをやるとする。事前にPCR検査を受けてもらって、当日は消毒と検温をちゃんとやる。そうやって徹底した対策をした上でライブをやることはできる。けど、だから何なの? と思うわけ。もちろんその30人、40人のお客さんは楽しいだろうし、配信もやればそれ以上のお客さんにも見てもらえる。だけど僕らが求めているのはそういうことじゃない。そんなライブを続けてるだけじゃ赤字が増える一方だし、趣味で音楽をやってるわけじゃないし、僕の仕事は音楽しかないからね。

──コロナ禍もすでに長期戦ですし、目先の利益も大切なのかもしれませんが、もっと大局的な視点で物事を考えるのが重要なんでしょうね。

K:よくニュースとかで危機管理能力が大事と聞くけど、僕はいつでも自分の立場がゼロになる覚悟がある。実際、過去に何度かゼロになったしね。いくつかのバンドを作っては壊し…の繰り返しでやってきたから自分なりの危機管理能力が備わっているというか、いつゼロになってもやっていけるように常にアンテナを張り巡らせているんだよ。2000年に自分が独立したときからずっとそんなことを考えてるね。一番大きかったのは2011年に東日本大震災があったときで、いつでも音楽をやめる覚悟ができてた。もうこれ以上音楽を続けられないと本気で思ったから、コルツとマックショウのメンバーを全員集めて「もうこの国では音楽が必要とされていないかもしれないから、これ以上ライブをやれない状況が続けば音楽をやめるよ」と伝えたんだよ。それ以来、自分の身に何が起こるか分からないという考えが常にあったので、コロナ禍になってからも比較的冷静でいられた。ここで路頭に迷うようじゃ大人とは言えないしさ。この1年以上辛い状況に置かれているのはみんな同じだし、音楽をやる人でもいつでもゼロになれる覚悟ができてないと僕らみたいな振り切った活動はできないんじゃないかとは思うね。

──どんな状況下でも裸一貫でゼロからやり直せるのはコージーさんなりマックショウの強みでしょうね。

K:まあ、今までドーン!と売れたことがないからね(笑)。暖簾をしまってもまたリアカーで屋台を始めるところからやり直したっていいしさ。

──でもここまで長く音楽を続けていれば屋台とはいえ老舗の味じゃないですか。信頼と実績の屋号を守り抜く責任感もあるでしょうし、長く愛してくれるお客さんの期待に応える使命感も絶えずありますよね。

K:あるね。僕らはギター、ベース、ドラムという必要最小限の編成でやってるし、仮に電気を止められてもやれるような体制を取ってる。震災のときだって電気がなくてもライブをやるつもりでいたから。そういう覚悟はできてるね。今回のコロナのことももちろん大変だったけど、サッと体制を変えられたというか対応はできた。自分には機材もあるし、こうした自前のスタジオ(ROCKSVILLE STUDIO ONE)もあるから音源や映像を作るのは他の人よりはわりと簡単にできる。そういう環境作りをすでにやっていたからね。

──去年はInstagramでトーク配信をしてみたり、配信でディナーショーをやってみたり、通常できないことをフレキシブルにやっていた印象もありますし。

K:わりと器用にできたよね。まあアーティストのタイプにもよるんだろうけど。ミュージシャンなら本来そんなことできなくたっていいわけだし、もし蓄えがあるなら今は絶対に休んだほうがいいし。僕は今のほうが忙しいけどね(笑)。

──どんなことでも器用にできてしまうがゆえに。

K:僕の身体が空くのを待ってた人が結構多くてね。自分の師匠(ザ・モッズの森山達也)が去年、35年ぶりにソロアルバム(『ROLLIN' OVER』)を出して、僕がプロデュースさせてもらったんだけど、それもこのタイミングだからこそできたことだったから。自分にとってもいい経験だったし、僕自身すごく楽しめた。それにこのコロナ禍で体調もすごく良くなったんだよ。勝手に体重も減ったしね。これまでは年に最低でも5、60本、平均120本くらいのライブをいろんな形でやっていて、ライブをやれば当日はもちろん前日や翌日にも打ち上げや飲み会があるわけ。ツアーなら移動だってあるしさ。ツアーを続けながら「こんな生活を何歳までできるんだろう?」と不安に感じていたところもあったし、これはもう体力の限界だなとも思ってた。ライブをやってる間が一番ラクみたいなさ。

──まさに“Life is a Circus”ですね。

K:週末にライブを入れたら金曜に出発しなきゃいけないし、土日に本番を迎えて月曜日は移動日でしょ? 普通の日は火水木、週に3日しかない。その間に他の作業もしなくちゃいけないから、今の年齢を考えても限界を感じてた。皮肉にもツアーの延期や中止が身体のメンテナンスになったところはあるね。

コロナ禍の景色を切り取った“不思議な週末”

──全国流通盤としては久々の作品となる『MACKS ALIVE -Strange Weekend-』ですが、中止になってしまったキネマ倶楽部でのライブで先行販売する予定だったんですよね。

K:うん。本来の発売日より1カ月も前に先行発売するつもりだった。昭和の日のコンサートの一つの呼びものというか、それに合わせて練りに練って作ったんだけどね。最初は純粋にシングルを作ろうと思ってたんだけど、ライブに向けて作る作品だからライブ音源も入れたいよねという話になって。マックショウの醍醐味はライブにあるからさ。それにこの活動自粛中に未発表テイクもいろいろ見つかって、そういうのも盛り込みたいと。プロデューサーの川戸(良徳)に「この中からライブ音源を選んでくれよ」と頼んだら「いやあ、選びきれませんね。全部入れちゃいましょう」とか言われたんだけど(笑)。

──“Strange Weekend”というワードはこのコロナ禍を象徴したものにも思えますが、去年の春に延期したツアーのタイトルとしてすでにあったものなんですよね。

K:そう、3年くらい前からツアーのタイトルはずっと“Strange Weekend”のままなんだよ。その頃から“週末”をテーマにした曲を作るようになって、「Strange Weekend」という曲が実は4、5曲あってね。若い頃から週末になると夜の町へ繰り出して、そのときの楽しさや高揚感、かけがえのなさを身に染みて感じていたし、無茶してたけど生きてて良かったなみたいなことを、ライブが成功したときや楽しかった週末にはいつも必ず思ってた。実際、週末のためだけに生きてるみたいな時期もあったしね。そんなテーマの曲を書いて世に出さないままだったんだけど、その意味がコロナ禍以降にガラッと変わってしまった。昨年末だったか今年の頭だったか、土曜日の夜7時、8時くらいにバイクで都内を走っていたら、人っ子ひとりいないわけ。そんな光景、僕はここ何年も見たことがなかった。人はいない、タクシーもまばら、街灯も消えて暗くなってる。ちょっと怖くなるくらいの光景で、これはただごとじゃないぞと思ってね。若い頃から大好きだった週末の景色やウキウキした感覚がまるで違うものになったのを目の当たりにして、これはどうなっちゃうんだろう? とふと思ったんだよね。

──「ストレンジ・ウイークエンド」にはすでにスタンダード性の高い風格が漂っていて、これぞシングル曲の筆頭格と言うべき佇まいがありますよね。コージーさんの言う週末特有の高揚感みたいなものがイントロから盛り込まれているようにも思えますし。

K:元はテンポが全然違う曲だったんだけどね。メンバーに渡したデモも最初は全然違ったし、半分くらいしか今のフレーズがなくて。ちょっと待ってもらって、先に他の曲を録ることにしてね。

──カップリングの「ハートしびれて」と「ロンサム・カーボーイ」に取り掛かることにして。

K:「ロンサム・カーボーイ」のメロディは4、5分ほどでできたね。寝ながらでもできる曲だよ(笑)。

──「ロンサム・カーボーイ」は井上尭之バンドへのオマージュを感じるところがありますね。

K:ローランドの70年製のデカいエフェクターをたまたま手に入れてね。それが『傷だらけの天使』の主題歌のイントロで使われたエフェクターであることを知って、ずっと探してたんだけどようやく手に入れてさ。「ロンサム・カーボーイ」はそのエフェクターを使いたいがために作った曲だね。ちょっとしたドライブミュージック的な曲を作ろうと思って。

──ドライブミュージックと言えば、昭和50年代にパイオニアから「ロンサム・カーボーイ」というカーステレオが販売されていたとか。

K:そうそう。“カウボーイ”じゃなくて“カーボーイ”ね。井上尭之さんとは年代が違うけど、そういう感じのオマージュっていうか。僕も当時そのカーステを自分の車に付けてて、その車には三角窓があってね。

──それで「三角窓なら開けたまま」という歌詞があるわけですね。「悲しい歌など聞きたくないだろ/だからゴキゲンなヤツをかけてくれ」という歌詞はコロナ禍におけるマックショウなりのメッセージ、意思表示のようにも受け取れますが。

K:うん。今だから書けた歌詞みたいなところはあるかな。

──「ストレンジ・ウイークエンド」では「Don't worry」という言葉が繰り返されるし、コロナ禍を生きる聴き手の背中をそっと押してくれるような新曲群と言えそうな気もしますね。断定的な強いメッセージ性があるわけではなく、そんなふうにも受け取れるかなというマックショウらしい軽妙なニュアンスで伝わってくるというか。

K:何かと重くなりがちな昨今だけど、このコロナ禍を頑張って切り抜けようよみたいなことは唄いたくない、音楽にそういうことを持ち込みたくないっていうミュージシャンもいるだろうし、僕の師匠みたいにこんな状況だからこそ曲がたくさん書けたという人もいる。確かに今の僕らが置かれた状況は曲の題材になりやすいのかもしれない。だけど僕らマックショウの持ち味はこんなときでも楽しくやってるぜ、ロックンロール最高でしょ!? ってことで、それが信条だからね。僕の場合、新聞やネットに書いてあるようなことをわざわざ歌詞にする必要もないと思ってるし、そんなことはみんな知ってるわけでさ。自分としては今の時代なりのロックンロールになればいいっていうのが常にあるし、それをちゃんとした形で出せればいい。今回はシングルじゃなくアルバムでも良かったんだけど、またいい曲ができたよとサラッと出せるものとしてシングルというフォーマットがいいのかなと思ってね。とはいえ「ストレンジ・ウイークエンド」は今の時代を反映したような曲になったし、曲調やメンバーのテンポもだんだんゆっくりになってきて、僕の唄い方や歌詞の載せ方もそんなふうにじっくり聴かせる感じなって、結果的に今の心情を載せた曲になった。やっぱりどうしてもその時代の合わせ鏡みたいな曲が生まれちゃうんだね。

4人組のバンドに憧れはあるけど自分じゃできない

──その意味でも今回の『MACKS ALIVE -Strange Weekend-』は、震災の年の夏に発表された『ロックンロール・スルー・ザ・ナイト~真夜中を突っ走れ!~』の系譜を継ぐ作品と言えそうですね。

K:そうなんだろうね。「ロックンロール・スルー・ザ・ナイト」はロックンロールで蹴飛ばしていこうぜみたいな歌だったけど、今は飛ばすに飛ばせない状況だから。「ストレンジ・ウイークエンド」はその飛ばせない気持ちを歌にしたかったというか。

──こんな時代だからこそ社会性のあるメッセージや心情を歌にしやすいのかもしれませんが、こんな時代でも変わらず「ハートしびれて」のようにたわいのないポップソングを見事に書き連ねるコージーさんの職人気質にこそ感服してしまうんですよね。

K:「ハートしびれて」は1曲楽しめるやつを入れたくてね。それが僕らの役目だと思うし。

──こういういかにもシングルのB面にありそうな曲って意外と書くのが難しいのでは?

K:僕はそういう曲が好きなんだよ。これは絶対メインじゃないよな、みたいなさ(笑)。でもそれが結構良かったりする。シングルによってはB面のほうが好きだったりもするし。もちろんA面の曲がいいのはごもっともなんだけど、B面のあの曲がまたなんとも言えずにいいんだよねえ、みたいなシングルがあって、そういう曲を作ろうと思って作ったのが「ハートしびれて」なんだよね。

──プロデューサー兼A&Rの川戸さんに言われてなるほどと思ったんですけど、「ストレンジ・ウイークエンド」はクラッシュ、「ハートしびれて」はビートルズ、「ロンサム・カーボーイ」はキャロルなんですよね、身も蓋もない言い方をすれば(笑)。でもそれはマックショウの不可欠な三大要素だし、これからマックショウを聴こうとする人はまずこの新曲3曲を聴けばおよその全貌を掴めると思うんですよね。

K:マックショウからクラッシュを連想することはあまりないかもしれないけど、僕はクラッシュがアイドル的にずっと好きでね。ビートルズとキャロルとクラッシュは今もずっと同じように好きで、同じようにそれぞれのアルバム・ジャケットを見てしびれてさ。それはモッズも含めてね。音楽的なジャンルがどうこうはあまり考えなくて、若い頃からどのバンドもジャケットを見ては「格好いいなあ…」と純粋に思ってた。

──ビートルズとキャロルとクラッシュ、それにモッズはなぜこんなに飽きがこないのでしょう?

K:何でだろう? 今もずーっと聴いてるからね。いまだにレコードも買い続けてるし。

──その決して飽きない何かを突き詰めるためにマックショウを20年近くやり続けているところがあるのかもしれませんね。

K:そうかもしれない。ただ、若い頃からそういうバンドに憧れて、メンバーを4人集めてバンドをやろうっていうのが僕にはできないんだよ。

──ああ、最初にデビューしたローリーこそ4人組でしたけど、その後のバンドは…。

K:まあ1人足りない3人でもいいか、何なら7人でもいいや、っていう(笑)。

──憧れるバンドは4人でも、自身でやるバンドは3人なり7人という奇数なのが面白いですね。フルマックも5人でしたし。

K:たとえば同じ4人でやるならモッズより格好悪くちゃいけないっていうか。もし4人でマックショウをやるならビートルズより劣っちゃいけない。もちろん劣るんだけど、同じ4人でやる以上はどこかで爪痕を残さなきゃいけない。でもその戦いには挑まない、同じ土俵には上がらないんだよ。そこは自信のなさの表れなんだろうね。ただもう少し違う視点で自分のやりたいことをやりたい、そこにとらわれるのがちょっとイヤだなっていうのがあって今に至る感じかな。

──新曲もさることながらライブテイクもまた秀逸な選曲と構成なのですが、収録された11曲はどれも週末に行なわれたライブからの音源だそうですね。

K:「ストレンジ・ウイークエンド」という曲にかけてね。お客さんにとってライブは一つの体験というかさ。リーゼントにして革ジャンをバリっとキメて家を出る、ライブの前にどこかの店で仲間と飲みながらロックンロール談義をしてからライブを観て、いやー、良かったねえ! とまた飲みに行って、電話でカミさんに叱られながら家に帰るみたいな(笑)。今はそういう週末の一つの体験ができない状況だからこそライブ音源を入れたかったし、お客さんの声がなるだけ入ってるテイクを選んでみた。

踊って聴けるけど元気の出るフレーズがある曲がいい

──これらのライブテイクもまた新曲同様、聴き手を励ますような歌詞がまぶされた曲が意図的に精選されているように思えますね。「ショートホープ」の「諦めるには 早すぎる」、「ミッドナイト・ラン」の「思いきり赤に突っ込んで 運命を逆に超えてゆく」、「不思議」の「向かい風に逆らって」、「ゴールデンバット」の「上手くいかない日々も 後悔ばかりの日々も」「世界の上から笑ってやるさ」、「ア・ハートビーツ・トゥナイト」の「まだ終わりじゃないのさ」「まだ終われないじゃない」、「高速ヘヴン」の「そう 人生はとても短いから/もう 迷ってる そんな時じゃない」など、挙げていけばキリがありませんが。

K:それは川戸が勝手に自分の思い入れで選んだ結果だね(笑)。でもまあ、要するに僕はそういう奴なんだよ。「まあいいじゃん、(軽い口調で)頑張ってみようよ」みたいなさ。面と向かって説教くさいことを言うのも苦手だし、「まあとりあえずやってみようよ」っていう軽いフィーリングが自分の持ち味っていうのかな。自ずとそういう曲がライブのレパートリーになって、川戸がそこを汲んでこういう曲が集まったってことだね。ロックンロールなんだから楽しきゃいいんだよみたいな見方もあるだろうし、でもその中に元気が出るフレーズがあったり、肯定的なメッセージがあるのがいいんじゃないかと思う。踊って聴いてるんだけど「お、今いいこと言ったね」みたいなさ。そういう曲が僕自身好きなんだよね。

──これまで録りためてきた数々のライブ音源を収録する上での基準みたいなものはどんなところだったんですか。

K:ライブテイクに関しては、もうあまりに多すぎて僕には選びきれなかった。ただ川戸が出してきたリストの中でもいいテイクを選んだつもりだし、同じ曲で2、3テイクある中から臨場感や週末感が出てるものを優先して採用したケースもあった。楽しかったはずの週末も関係なく自粛しなくちゃいけないこの時期に、こういうライブテイクをゆっくり聴いて楽しんでもらえたらいいなと思う。…まあ、まさかこのCDが発売になるまで緊急事態宣言が長引くとは思ってもみなかったけどね。これが世に出る頃にはもうちょっと状況が良くなってて、この先に光が見えるような時期になってるんじゃないかと想定して制作に励んでいたんだけどさ。参ったな、今は底に沈んだままだぜみたいな作品を出すべきじゃないと思ったし、少しでも希望を持って進んでいるのを感じられるものにしたかったから。

──慣れ親しんだ音楽でも映画でも小説でも、鑑賞する時期によって捉え方や受け止め方がガラッと変わることがあるじゃないですか。コアなマックショウのファンでもこの時期に聴く「高速ヘヴン」のライブテイクにこれまでとは違う印象と感慨を抱くかもしれないし、それこそが音楽の面白さだと思うんですよね。

K:そうだね。自分でもライブテイクを編集しながらいろんなことを思い出したよ。このライブはノリにノッてるなとか、このときはこんなことがあったなとか、盛り上げに走ってるなとか。その曲の良さを改めて感じたり、いい体験ができたと思う。

──「燃え尽きる'75」の試作バージョンを最後に収録したのは、震災直後に活動中止となって先行きが見えないままテスト録音された当時の状況が今と重なったからですか。

K:そういうことだね。確か震災の1カ月後くらいに「燃え尽きる'75」をテスト録音したんじゃないかな。その前からアルバムを作る計画はあったんだけどね。あのときも今と同じような自粛ムードがあって、いろんな予定がバタバタとずれ込んでいってさ。その中でいろんなものを作ったり壊したりを繰り返していったけど、僕らの音楽なんて何の役にも立たないし、必要とされてないんだなと思った。そこを被災したみんなから逆に励まされてね。「またいい曲を聴かせてください」とか「落ち着いたらまたライブに来てください」とかね。そこまで言ってくれるならまだ続けるべきだなと試行錯誤していた時期だった。その状況が今と重なる部分も少しはあるけど、やっぱり全然違うよね。人とコミュニケーションも取りづらいし、自分も当事者だから励ますこともできないんだから。一体どこへ向かってるんだろう? という虚無感みたいなものが今はすごく大きい。たとえば政府がもうちょっとしっかりして良い政策を立ててくれればこうはならなかっただろうって話もあるけど、怒りの矛先をそこに向けたところで何にもならないからね。だって誰も経験したことのないことなんだから。さっきも言ったように、音楽というものがそっちへ流れちゃいけないと思うんだ。俺たちはロックなんだから政府の言うことなんか関係ねえよ! みたいなさ。こんなときでも何とか音楽をやる道を模索したり、いろんな形でライブをやり続けるのも気持ちはよく分かるけど、やらないって選択肢もあるんだよ。一番感染しないのは家にいることなんだから、基本を忘れちゃいけない。だからいま誰が悪いとか言ったってしょうがない。

──今この時点で正解はないですからね。

K:ないよね。僕らがライブを自粛してステイホームを守るのを人に強制はしないし、ライブをやる人はやればいい。その代わり頼むから安全にやってくれよと思う。僕らも後に続くし、ここで活動が終わりじゃないし、この後もずっとやっていかなきゃいけないんだから、今が良けりゃいいっていうのは考え直したほうがいいぞと同業者にはアドバイスしてるけどね。

音楽は必ず生きながらえるものだと信じてる

──「くたばるにはまだ少し 少し早すぎる」という「燃え尽きる'75」の歌詞の通りですね。自粛期間中にアルバム制作に打ち込んだり、森山さんのソロ作の手伝いをしたり、この状況を逆手に取って今しかできないことをポジティブにやり続けているのがコージーさんらしいですよね。

K:もうそれしかないからね。今は本当にこういうことをするべきか? を真剣に考えるべきだし、そういう時間にはなってるね。自分自身の在り方を考えてみたり、人として人に必要とされているんだったら自分の立ってる場所を絶対に守らなくちゃいけないと強く思ったしさ。自分のできること、しなきゃいけないことをすごく考えたし、コロナ禍が落ち着いたら若い奴らのフォローに回りたいんだよね。今の自分があるのは若いときに助けてもらった諸先輩方のおかげだから。まあ乱暴な人たちばかりだったけど(笑)、その導きがあって今がある。いい例も悪い例もたくさん見てきたし、そこは若い連中に引き継ぐべきっていうか。ロックンロールでも何でも若い奴らがやらないと何の意味もないからね。もちろん店と一緒で老舗の存在も必要だけど、僕らが先人から受け継いだものを若い奴らに渡していかないと今の少子化と同じで死に絶えてしまう。それはロックンロールに限らず音楽全体に言えることだけどね。日本はまだロックンロールが生き残ってるほうだけど、海外じゃロックをやってるのが珍しいんだから。ロックフェスティバルと言いながらロックバンドが出てない状況だし、ギターを抱えたバンドが1組しか出てないなんてザラでしょ? まあそれはロックの形、音楽の形が変わりつつあるってことなんだけど、日本にはまだロックが形として残ってるほうだし、ロック魂を持って大舞台に立つ若い奴らもいる。そいつらが面白いことをやってくれないかなといつも思ってるし、そこでシーンの底上げとか僕にもできることがあるんじゃないかと思ってる。何が何でも「俺が俺が」の時期は過ぎて、若い奴らのケツを叩きながらいろんなアドバイスができる時が来たと自分では感じてるんだけどね。

──闘魂伝承のタイミングが来たということですね。

K:いつまでも年寄りが君臨してるのもどうかと思うし、僕だってもっと新しいレコードを聴きたいからね。どんどん新たな才能が出てくれば嬉しいし。でもそのための体制がまだできてないし、どんな世界でも後が育たないのは不幸なことだよ。それは若い奴らのせいだけじゃなく、席を譲らない年寄りのせいでもあるだろうし、いい先生がいないってことでもあるだろうし。その意味でも『MACKS ALIVE -Strange Weekend-』みたいな作品を出して、ロックンロールってこんなにいいものなんだよっていうのを感じ取ってもらいたいよね。何も僕らと同じようなことをやれってことじゃなくて、これが何かのアイディアにでもなればいいなと思う。若い世代が失ったコロナ禍による1、2年の損失は計り知れないはずだから、余計に彼らの力になりたいと思うよね。

──年内もスタジオワークに特化することになりそうですか。

K:だろうね。まだしばらくは安全にライブをやれそうもないし、お客さんやメンバー、スタッフのことを考えると慎重にならざるを得ないから。そんなモタモタした活動をしてたら忘れられちゃうよとか言われそうだけど、マックショウがその程度のことで忘れられることはないしね。

──『MACKS ALIVE -Strange Weekend-』に収録された不滅の名曲の数々がある限り、バンドの存在が風化することは決してないでしょうね。

K:いま音楽をやってる人には僕らが考えてるようなことを頭の片隅に置きながら活動してほしいっていうかさ。この段階でやるべきことっていうのがあるし、今はまだそういう段階じゃないっていう見極めが大事なんだよ。そうやって音楽にだって社会的にできることがあるんだから。音楽には人の気持ちを豊かにしたり、心を強くしたりする役目があって、それは目に見えないものだから国から補償もしてもらえないけど(笑)、今後は目に見えない音楽の力が大切なものになっていくんじゃないかな。ロックンロールは何十年ものあいだ数々のトラブルを乗り越えてきたし、音楽は必ず生きながらえるものだと僕は信じてるからね。

──あえなく中止になってしまったキネマ倶楽部のリベンジをいつかぜひ果たしていただきたいですね。

K:来年の昭和の日ももちろん押さえてあるから(笑)。今年が昭和96年でそろそろ昭和100年が見えてきたし、あとちょっと辛抱したらこの状況を巻き返して昭和100年祭りをぜひやりたいよね。

© 有限会社ルーフトップ