金星の大気分析や地表の撮影を予定! NASAの新たな金星探査ミッション「DAVINCI+」

【▲ 降下の最終段階にある「DAVINCI+」のプローブを描いた想像図(Credit: NASA GSFC visualization by CI Labs Michael Lentz and others)】

地表の温度は摂氏約460度、気圧は約90気圧。自転周期は約243日、1日の長さ(1太陽日)は約116.8日。直径と質量は似ているものの、金星の環境は地球とは大きく異なります。

アメリカ航空宇宙局(NASA)は6月3日、低予算かつ迅速に優れた成果が期待される「ディスカバリー計画」において、2件の金星探査ミッションが採用されたことを発表しました。そのうちの1つ、金星の大気にプローブを降下させる「DAVINCI+」(ダヴィンチプラス)の内容を、NASAのゴダード宇宙飛行センターが紹介しています。

関連:NASA 金星の謎を追う。新たに2つの探査ミッションを採用

■打ち上げ2年後にプローブが金星の大気へ降下して観測を実施

ゴダード宇宙飛行センターのJames Garvin氏が率いる「DAVINCI+」(Deep Atmosphere Venus Investigation of Noble gases, Chemistry, and Imaging Plus)は、大気に突入して地表まで降下するプローブと、宇宙からの観測およびプローブの運搬を担う探査機本体を用いて、金星の大気と地表を探査するミッションです。

DAVINCI+の探査機は2029年の打ち上げ2回の金星フライバイが予定されています。打ち上げから約2年後の2031年にプローブが金星の大気圏へ突入し、南半球にある「アルファレジオ」と呼ばれる高地の地表に到達するまでの約1時間に渡り観測を行います。NASAとしては1994年にミッションを終えた「マゼラン」以来、およそ35年ぶりに実施される金星探査ミッションのひとつとなります。

DAVINCI+による金星探査は、かつての金星が生命の居住可能な惑星だったかどうかを判断することと、金星と地球がいかにして異なる運命を辿ったのかを理解することを目的としています。今でこそ生命など存在し得ないように思える金星ですが、かつてその地表には何十億年にも渡って海が存在していた可能性が指摘されており、何らかの理由で引き起こされた暴走温室効果によって気温が上昇し、海が蒸発してしまったのではないか……という仮説が立てられています。

【▲ 古代の金星では画像のように海が存在していた可能性が指摘されている(Credit: NASA)】

「気候変動と居住可能性の進化、そして長期間存在した海が失われたときに起きたこと。金星はこれらの記録を読み解くための『ロゼッタストーン』なのです」と、ミッションを率いるGarvin氏は語ります。「ですが、すべての手がかりは分厚く不透明な大気のカーテンに隠されています。金星の地表探査は条件が過酷で難しく、最高のツールを革新的な方法で持ち込むために賢くなければなりません。だからこそ私たちは、レオナルド・ダ・ヴィンチの発想と先見の明にちなみ、ミッションを『DAVINCI+』と名付けたのです」(Garvin氏)

金星の大気へ降下するプローブに搭載される観測装置は、質量分析計「VMS」(Venus Mass Spectrometer)、波長可変レーザー分光計「VTLS」(Venus Tunable Laser Spectrometer)、大気構造観測装置「VASI」(Venus Atmospheric Structure Investigation)、そして撮像装置「VDI」(Venus Descent Imager)の4つです。VMSとVTLSは、金星大気の上層から下層に至る断面全体の大気組成を分析。VASIは高度約70kmから地表までの気圧・気温・風のデータを過去のミッションと比べて10倍かそれ以上の解像度で取得します。プローブが分厚い雲の下に到達すると、VDIがアルファレジオの上空からの画像を近赤外線の波長で数百枚取得します。アルファレジオは「テッセラ」という地形のひとつで、周囲の平原と比べて標高が約3000mほど高く、古代の大陸の名残である可能性もあるといいます。

また、プローブを運ぶ探査機本体にも、4つのカメラで構成された「VISOR」(Venus Imaging System from Orbit for Reconnaissance)と呼ばれる観測装置が搭載されます。カメラのうち1つは紫外線の波長で金星大気中の雲の動きを追跡。残る3つのカメラは近赤外線の波長で夜側の地表面からの熱放射を捉え、地域的な規模で地表の組成を特定します。岩石の組成は水の影響を受けることがあるため、VISORの観測データからは古代の金星において海が地殻をどのように形成したかについての手がかりが得られるといいます。また、VISORは金星北半球の高緯度にある「イシュタル大陸」の最初の組成地図をもたらします。

■太陽系外惑星における生命の居住可能性を探る研究にも貢献

【▲ 探査機から切り離されて金星の大気に突入・降下するプローブの各段階を描いた想像図(Credit: NASA GSFC visualization by CI Labs Michael Lentz and others)】

DAVINCI+の成果がもたらす影響は太陽系外惑星にも及びます。「金星は『裏庭の系外惑星』です。金星の観測データは金星のような系外惑星を解釈するためのコンピューターモデルを改善し、遠く離れた類似する世界を理解する上で役立ちます」と、DAVINCI+の副主任研究員を務めるゴダード宇宙飛行センターのGiada Arney氏は語ります。

これまでに4300個以上が見つかっている系外惑星のなかには金星に似た惑星も存在するとみられており、今年後半に打ち上げ予定の宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ」による観測も期待されていますが、特に惑星が分厚い雲に包まれている場合は解釈が難しくなるかもしれないといいます。

「もしも過去の金星が生命の居住可能な惑星だったとしたら、金星に似た系外惑星のなかにも生命が居住可能な惑星があるかもしれません。この宇宙で生命の居住可能な惑星がどのように分布し、時が経つにつれてどのように進化するのかをより深く理解する上で、DAVINCI+による金星探査は役立つかもしれません」(Arney氏)

金星といえば、大気からホスフィン(リン化水素、PH3)が検出されたとする研究成果が2020年に発表されました。木星や土星では高温・高圧な内部で非生物的な過程で生成されたとみられるホスフィンが検出されていますが、地球の自然界におけるホスフィンは嫌気性の微生物によって生成される生命活動に由来する物質です。地球や金星のような岩石惑星において生物が関与せずにホスフィンが生成される過程は知られていないことから、報告されたホスフィンの検出は生命の存在を示している可能性もあるとして注目されています。

すぐ近くにありながらも理解できていないことが多い金星にプローブを送り込むDAVINCI+、ミッションの開始が今から楽しみです。なお、同時に選ばれたもう1つの金星探査ミッション「VERITAS」については、昨年NASAのジェット推進研究所(JPL)がその内容を紹介しています。

関連:金星表面の高解像度地形図作成を目指す次期ミッション候補「VERITAS」

Image Credit: NASA GSFC visualization by CI Labs Michael Lentz and others
Source: NASA
文/松村武宏

© 株式会社sorae