4月8日、メットライフドームで行われた1軍ナイター後、着替えを終えて帰ろうとした綱島龍生を呼び止める声がした。「これは(2軍に)落とされるかも、と思いましたね」
結果は予想通り。滞在数日だった1軍ロッカーの荷物をまとめ、自分の車に積み終えたが、しばらくハンドルを握ることができなかった。
頭の中を駆け巡ったのは、3球三振に終わったプロ入り初打席のシーン。〝あの初球を打っていたら〟〝初球から振っていたら、また結果は違ったのかな〟と悔しさばかりが込み上げてきた。
「(駐車場でぼうぜんとしていたのは)きっと30分以上だと思います。でもいい経験ができたな、ここからまたはい上がっていこう!と最後は切り替えて寮に帰りました」
一方で、1軍選手を初体験したからこそ、今度はその場に〝戻りたい〟という気持ちになった。「1軍は雰囲気とかもひっくるめて、めちゃくちゃ楽しかったです。あの舞台、あの雰囲気で打席に立てたことは貴重な経験です」と語る表情は、2軍選手のそれではなかった。
結果的に綱島に与えられた1軍の打席は、途中出場した4月7日の楽天戦、9回裏に入った1打席のみだった。いまだ後悔するのが、その初球。「打席の中ではボールだと思って見逃しましたが、終わってから動画を見たら全然入っていましたね」。映像を見るまでボールだと思っていたし、言うならば自信を持って見逃した球だった。
この時対戦した相手は3月31日にファームで対戦した西口投手。その時は、右翼線二塁打を打てていたので「いける!」と強気で打席に入ったはずだが、やはりそこは1軍だ。
「相手投手だって気合が入っているし、アドレナリンがめちゃくちゃ出ていて、直球の質が全然違いました」。これが1軍の雰囲気だと、あらためて全身で感じた。
抹消翌日のファームの試合でヒットを打った綱島だが、塁上での表情は引き締まったまま。「うれしかったと思いますけど、1本打っただけじゃ駄目だ、もっともっと(打たなくては)と、そんな気持ちになっていたんだと思います」とその時の心の内を明かした。
1軍を経験して、自分の足りないところが分かった。守備でいえば、1歩目の大切さや視野を広く持つことの重要性、打撃では、初球から振れなかったのは、自身の準備が足りていなかったからだと分析する。打撃面では打撃練習の1球目から仕留めること、守備面では飛んでくる打球に対し、1歩目を意識して練習する日々だ。
再び指導に当たることになった松井稼頭央2軍監督は、そんな綱島を評価する。「キャンプの時からしっかり野球に向き合うことができていると思っていましたし、今回の1軍の経験はとても貴重。頑張っている中でチャンスをもらえたというのは、本人の自信にもなったと思います」と目を細めた。
さらに「今は、必死さはもちろん、ファームの試合でも1軍で経験した緊張感というのを同じように持ってやっていますね。一つのプレーや一球に対しての目付きが違います」と続けた。
辻発彦監督も今後の綱島に期待する。「短期間でしたが、本人にとってはいい経験になったと思います。また結果を残してくれればチャンスはあるので、しっかり取り組んでほしい」。これは再び成長して綱島が1軍選手として戦力になることを期待したエールだ。
いずれ放つ1軍での初安打の味は、これからファームで流す努力の数で変わってくる。今度はメットライフドームで背番号63を光り輝かせるため、一つ大きな経験を積んだ綱島は今、CAR3219フィールドでバットを振る日々だ。(西武ライオンズ広報部・亀田礼子)