積もるにつれて道を失う

 古き良き「昔」という字に金偏(かねへん)を添えれば、錯覚や錯誤の「錯」になる。同じように、人も金を手にして道を誤ることがある▲昔から寄せられてきた信用、昔からの付き合いを巧みに利用した揚げ句、錯誤の谷に転げ落ちたらしい。長崎市の元郵便局長が顧客の男性から1300万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで県警に逮捕、送検された▲日本郵便が社内調査を進めたところ、少なくとも25年にわたり62人から総額12億円を超える金を不正に集めたとされる▲「利率のいい貯金がある」と作り話を持ち掛ける。現金と引き換えに、とっくに廃止されている金融商品の証書を手渡す…。口八丁で空証文(そらしょうもん)を握らせる手口に、被害者の怒りが収まるはずはない▲以前は「特定郵便局」と呼ばれていた、昔から地域に根付く郵便局の局長だった。地元の名士、秀でた地位、と当人に自負があったとしても、「秀」に金がくっつけば信頼に「銹(さび)」がつく▲江戸末期の幕臣の作らしい。〈欲深き人の心と降る雪は 積もるにつれて道を失う〉。雪が積もると道を見失うように、欲念が積もれば道理を忘れる。なにも当人に限らない。1人でこれほどの不正をしでかす余地があったのならば、改めるのが日本郵便の務めだろう。季節外れの雪かきに汗して、道を見いだす以外にない。(徹)


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