南野陽子「吐息でネット。」昭和最後の春に咲いた桜のようなアイドルポップ アイドル四天王のひとり南野陽子、時代の転換期にトップに君臨したアイドルたちの軌跡

1988年2月にリリースされた春らしいアイドルポップ

2月はまだ “春” と呼ぶには寒い日々が続くが、暦の上では立派な “春” であり、商業的にもパステルカラーの春モノ商品が店頭を華やかに彩る。スタバの「さくらフラペチーノ」が出るのも毎年2月中旬。「さくらを楽しむにはいくらなんでも早すぎるだろ!」と心の中でツッコミを入れつつ、ひと足早く春を感じられる恒例行事として、毎年飲むのを楽しみにしているのは私だけではあるまい。

プロ野球のキャンプだって「球春到来」と言うように、2月は実際の気候はともかく、気分的にはもうすっかり “春” なのだ。

というわけで、今日は33年前… 1988年2月にリリースされた、とても春らしいアイドルポップについて語ろう。

カネボウ化粧品 BIOフィットネット口紅のタイアップソング

インターネット普及前の1988年としては、やや不自然な “ネット” という単語。ましてや “吐息” で “ネット” である。一見、何のことやら分からない。ならば歌を聴けば謎が解けるかというと、そう単純ではない。

歌詞の内容は年上の彼氏(おそらく何個か上の先輩的な存在かと思われる)を想う女子目線のラブソングなのだが、曲中に6箇所も出てくる「吐息でネット」のフレーズはどれもサビの頭で登場し、前後の文脈からも何がどう “吐息” で “ネット” なのかは最後まで分からずじまいだ。

では昨年話題になったクリストファー・ノーラン監督の映画『テネット』ばりの “考えるな、感じろ” 的なモノかと言えば、そうではない。実はこれ、カネボウ化粧品「BIOフィットネット口紅」のタイアップソングなのである。

商品のキャッチコピーがそのままタイアップ曲のタイトルとなり、CMと連動する形でヒットを量産。1970年代半ばに火蓋が切られた、資生堂とカネボウによるいわゆる “化粧品CM戦争” は、今になって振り返ればこの頃(1988年)が最後の輝きだった。

この年に関しては春のキャンペーンが「吐息でネット。」、夏が「C-Girl」(浅香唯)、秋が「MUGO・ん…色っぽい」(工藤静香)と、当時のトップアイドルを次々と起用してヒットを連発したカネボウに軍配が上がる。というか、今井美樹をメインモデルに据えて、自立したオトナの女性像を打ち出す資生堂と、大衆的な顔ぶれでティーンを含めた若年層に訴求するカネボウの戦略の違いが、もはやライバルとも呼べなくなるほど乖離した… と言った方が適切だろう。

自身最大のヒット!ハタチの南野陽子が歌う「吐息でネット。」

さて、南野陽子自身が出演した同CMによれば、謎のフレーズ「吐息でネット」とは “吐息の水分が唇にネット状のベールをつくる” という商品コンセプトを表すらしい。CMはピンク一色のセットの中で、真珠のイヤリングを付けたナンノがピンクの口紅を引く、いかにも春らしいタッチのものだ。

この当時のナンノはちょうどハタチ。化粧品のCMに出ていても自然だし、歌だって通学路の叶わぬ片思いとかではなく、付き合っている彼氏が好きで好きでたまらないという、アイドルとしては一歩踏み込んだ内容になっている。

前作シングル「はいからさんが通る」では、それまでのアンニュイさを脱ぎ捨て、カラッと明るい曲調で自己最高のセールスを記録。勢いそのままに、わずか2ヶ月半のスパンでのリリースとなった「吐息でネット。」はタイアップ効果もあり、前作超えの30万枚を突破する自身最大のヒット曲となった。まさにナンノの人気はこの春に満開を迎えたのだ。

キャッチーなメロディと、韻を投入した白眉な歌詞

この曲の白眉は、なんといっても歌詞にある。後に「おさかな天国」で有名になる柴矢俊彦のキャッチーなメロディセンス、おなじみ萩田光雄による軽快なアレンジはさることながら、楽曲の華やかなさを決定付けているのはロックバンド出身の作詞家、田口俊の冴えわたる言語チョイスに他ならない。

おそらく契約の関係でサビに使わなければならなかった「吐息でネット」という突拍子もないフレーズをどう活かすのか。この難題を田口氏は “押韻” によって華麗に突破してみせた。

6度出てくる「吐息でネット」に対応し、「ハート」(3度)、「そっと」(2度)、「ずっと」(1度)と各小節に韻を踏ませ、ハネるようなリズム感を与えたのである。韻そのものは極めて単純かつ初歩的なものであるが、まだ日本語ラップが市民権を得るずっと前に、アイドルソングで韻を投入すること自体に目新しさがある。

またBメロの入りに字余りの「my true love」を使うのも、いわゆる職業作詞家にはないセンスで、どこか1990年代を先取りしているように響く。「卒業式」「舞い散る花」などいかにもアイドル的なフレーズと、ちょっと先取り的なテクニックがさりげなく同居した本曲は、彼女の代表曲になるべくしてなったといえよう。

だが春というのはあっという間に過ぎ去るものだ。時代は昭和から平成へと移ろい、化粧品CM戦争やアイドル文化は急速に衰退の道を歩むことになる。いわゆる “アイドル冬の時代” の始まりである。「吐息でネット。」は昭和最後の春に咲いた、鮮やかで儚い桜のような一曲だった。

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※2021年2月26日に掲載された記事をアップデート

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