津波被災地・陸前高田で「ポタリング」、記者が体験してみた 町を自転車で駆け抜け、震災の教訓学ぶ

震災後に整備された高さ12・5メートルの防潮堤沿いを走る参加者ら

 海沿いの道に延々と続く鉄筋コンクリート製の防潮堤。その脇を自転車で駆け抜け、坂道を上ると、眼前に入り江が広がる。心地よい潮風に体が包まれた―。東日本大震災で甚大な被害が出た岩手県陸前高田市の「道の駅高田松原」が、震災の教訓を学ぶとともに自然を満喫する自転車ツアー「タカタ・ポター・サイクル」を始めた。ツアー名は陸前高田と、自転車での散策を意味する和製英語「ポタリング」を組み合わせたもので、記者が体験してみた。(共同通信=加我晋二)

 ▽27キロの行程

 「震災の爪痕に加え、きれいな景色やおいしい食べ物も紹介できたらと思います。気になるものがあったら、好きなときに自由に止まってくださーい」。5月14日午前8時半、「道の駅高田松原」に集合後、ガイドの竹田耕大さん(29)が切り出した。参加者は記者を含め4人。この日の行程は約27キロと聞き、ちょっと尻込みした。

 道の駅で電動アシスト付きのクロスバイクを借りた。出発後間もなく国道45号に差し掛かると、磯の香りが鼻に飛び込む。アシストでペダルは軽やかだ。急な坂道も難なく上って行けた。

 震災で、関連死を含め計約1800人が犠牲となった陸前高田市では今も復興工事が続き、至る所で重機が音を立てて動き回る。遠くには、力強く立つ「奇跡の一本松」が見えた。震災以前、約7万本あった高田松原で唯一、津波に耐えた松の木だ。

海沿いの道を走る自転車ツアーの参加者ら

 最初に停車したのは震災遺構「下宿(しもじゅく)定住促進住宅」。竹田さんが「この遺構が伝えるのは津波の高さです」と案内した。5階建ての最上階まで達した、津波の高さ14・5メートルを示す看板が目に入り、高さに圧倒された。

 その後は、震災後に整備された高さ12・5メートルの防潮堤沿いを走った。海は見えない。巨大なコンクリートの壁が延々と続く光景は異様に感じた。

 坂道を上って行き、広田湾を一望できる場所に出た。養殖カキのいかだが海の上に整然と並んでいる。特徴は「通常2年だが、ここでは3年育てる。大粒で味がしっかりしている」(竹田さん)。

 ▽海の幸に舌鼓

 港へ向かうと、地元の漁師、村上誠二さん(65)が船に乗って待っていた。自転車を置いて乗り込み、いざ出港。ここからは「船上ピクニック」だ。

地元漁師の船に乗って「船上ピクニック」。右手前はガイドの竹田耕大さん。

 エメラルドブルーの海面が、太陽の光を浴びてきらきらと輝く。時おりしぶきを浴びながらクルーズを楽しんでいると、きれいな砂浜が見えた。村上さんが「この砂浜はもっと広かったのですが、津波で3分の1くらいになってしまいました」と寂しげに語った。「それでも修学旅行で来た子どもたちはここで遊んで、海岸に来た実感を味わっているようです」

 昼になり、地元住民が農業・漁業体験の受け入れを行う「長洞元気村」で食事を取った。イクラやメカブ、タコの刺し身にタラのみそ漬け煮…。海の幸をふんだんに使った手料理に、舌鼓を打った。

BRTの小友駅で、バスの写真を撮る参加者ら

 腹ごしらえを済ませた後は、バス高速輸送システム(BRT)の小友駅に止まった。BRTは震災後、被災した鉄道の代替手段として整備され、バスの専用道と一般道を走る。ちょうど赤いバスが駅に止まり、参加者がスマートフォンで写真を撮った。

 駅の周辺には田んぼが広がっていた。同行した地元出身の別のガイド、寺坂優斗さん(25)が「陸前高田には『たかたのゆめ』というブランド米があり、冷めてもおいしく食べられる特徴があります」と説明。たかたのゆめは日本たばこ産業(JT)が開発し、震災後に復興支援の一環として市に提供された。「多くは作られていないので県内にもあまり出回っていないのですが、道の駅の飲食店で味わえるのでぜひ」と笑った。

 「神田葡萄園」の売店では、瓶ジュース「ぶどう液」を購入。地元ではなじみの一品らしい。さっぱりした味わいが、疲れた体に染み渡った。

「神田葡萄園」の売店で販売している「ぶどう液」

 ▽遺構が伝える津波の威力

 その後に足を運んだ「グローバルキャンパス」は、岩手大と立教大が開設した交流活動拠点だ。「これが私の家でした」。寺坂さんが、震災前の町並みを再現した模型を指さした。当時は中3で、海沿いの自宅は全壊したという。「模型を見るといろいろ思い出しますね。よくここの公園で遊んだ」と振り返った。

 模型には住民が思い出を書き込んで立てたプラスチックの印が無数にあり、「釣りをした」「秘密基地を作った」などの記憶や、山の上には「ここに避難した」との教訓が刻まれていた。

 道の駅方面に戻り、震災遺構の旧道の駅「タピック45」に着いた。竹田さんや寺坂さんら、市から認定を受けたガイドが同行すれば内部を見学できる。

震災遺構の旧道の駅で、案内する寺坂優斗さん(左)と参加者ら

 この遺構が伝えるのは津波の「威力」。頑丈そうな分厚いコンクリートの壁が破壊され、崩れ落ちていた。寺坂さんが「震災前は祭りの山車が展示されていて、売店がありました」と話したが、かつてそこにあった日常の姿と、結びつかなかった。

 最後は道の駅に戻り、行程を終えた。竹田さんは「車では通過してしまう場所も紹介でき、地元の人と話す機会もある。ツアーで現在の姿や過去の町並みを感じてほしい」と強調。寺坂さんは「震災のことや、ここに住む人の暮らしを少しでも紹介できたらと案内しました。地元の魅力を多くの人に知ってもらいたい。きょう見たもの、感じたことを周囲の人に伝えてくれたらうれしい」と締めくくった。

 東京都葛飾区から参加した会社役員鈴木貫太郎さん(40)は「海や草木のにおいが気持ち良かった。地元出身のガイドから、走りながら震災当時の話を聞けたことが印象的だった」と話した。

 ▽取材を終えて

 陸前高田市は取材で幾度となく訪れていたが、自転車で移動するのは初めてだった。海沿いの他、田んぼや果樹園の間を駆け抜け、全身で自然を味わった。防潮堤沿いを走った際は、その長さをより実感。坂を上って高台から眺めた海は達成感からか、ひときわきれいに見えた。思わず写真を撮りたくなる景色にたくさん出会えた。

市内の小道を通る参加者ら

 地元出身のガイドからは、震災前の様子も聞いた。かさ上げ工事が進み新たな町が出来上がりつつある現在の姿に、以前の姿を重ね合わせることは簡単ではないが、思いをはせてみた。住んでいる人の数だけ大切な思い出にあふれていた町が、津波によって一瞬で奪われる。災害の理不尽さや恐ろしさを改めて感じ、教訓を生かせるようしっかりと胸に刻んだ。自分には想像することしかできないが、多くの人が愛したであろうかつての町にも思いを寄せていきたい。

 ツアーに参加し、これまで知らなかった陸前高田のさまざまな魅力に触れることができた。震災の教訓を伝えつつ、本来その土地にある魅力を生かして人を呼び込み、復興へと向かう。新たな取り組みに、人々の強い志を感じた。

 × × ×

 ツアーは震災遺構や漁港、景勝地を巡る全3コースある。所要時間は2~4時間半、費用はレンタサイクル代込みで1人4500~7500円。2人以上の参加者でツアーが成立する。立ち寄り先は希望に応じ変更可能だ。

© 一般社団法人共同通信社