土呂久鉱害教訓次世代に 県防災庁舎でパネル展

県防災庁舎で開かれている土呂久鉱害の教訓を次世代に伝える啓発パネル展

 高千穂町の土呂久鉱害の教訓を次世代に伝えようと、県は宮崎市の県防災庁舎1階で啓発パネル展を開催している。鉱害の歴史を記した年表のほか、解説文や写真、地図など19枚のパネルを展示して分かりやすく伝えている。15日まで。
 1920(大正9)年に土呂久鉱山で亜ヒ酸の生産が始まり煙害被害が広まったことや、75(昭和50)年に被害者が起こした訴訟の経緯などが示されている。ヒ素中毒により皮膚がんの一種ボーエン病を発症した患者の写真もあり、鉱害の悲惨さを伝えている。
 昨年、新たに1人が患者として認定され、同3月まで鉱山跡地の水質改善工事が行われたことも紹介されており、現在も影響が続いていることも記している。
 県環境管理課の黒木沙緒理主任主事は「歴史を風化させないため、今後も啓発事業を続けていきたい」と話していた。

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