キノコホテル - 創業14周年のホテル"ニューキノコ"がコロナ禍の時代にあえて提供する真夏の濃厚密会プラン

全幅の信頼を寄せていたジュリエッタ霧島の離脱

──ジュリエッタ霧島さん(電気ベース)の頚椎症性神経根症の治療に伴う無期限休職、イザベル=ケメ鴨川さん(電気ギター)の左手首の靭帯損傷によるまさかの休職で一時はどうなることかと思いましたが、先日の『サロン・ド・キノコ〜東海三本勝負』では臨時従業員のクリスティーヌ亀吉さん(電気ギター)とパトリシア帯広さん(電気ベース)、その2人としっかり連携した入社2年目のナターシャ浦安さん(ドラムス)が思いのほか良い仕事ぶりを見せたそうで。

マリアンヌ東雲(歌と電気オルガン、以下M):まさに絶望の中に差す一筋の光というか、バンドとはそういう力を貸してくださる方たちあってのものだし、貴重な経験ができました。亀ちゃんことクリスティーヌ亀吉さんとはそれまで顔見知り程度のお付き合いで、1回くらいしか会ったことがなかったんですけど、お話してみるといろいろ共通項がありまして。今回のアクシデントで出会うべくして出会った気もするし、新しい方たちと一緒に演奏をしてツアーを回るのは凄く楽しくて、自分の中で滞っていたいろんなものが息を吹き返しつつあるようにも感じます。コロナ禍以降の1年以上、イヤな意味での刺激ばかりを受けてきたので、久々にプラスの意味での刺激を受けることができて良かったですね。

──神田明神でお祓いをした効果が出たようですね(笑)。

M:もうこれ以上忌々しいことは受け止められないわ(笑)。これまでの災難といえばワタクシの怪我や入院で実演会を飛ばすのがせいぜいだったけど、ここまでごちゃついたのは創業以来初めてのことです。去年、マネージャーが離れた途端にこれですからね。これはホントに何かの呪いなんじゃないかと思ったし、正直もうコロナどころの話じゃないっていうか。自分の中ではコロナなんて今や些末なものでしかない。

──ジュリ島さんから休職の意志を伝えられたのはいつ頃だったんですか。

M:去年の秋も深まった頃、11月頃だったかと思います。その時点で実演会やワタクシの性誕祭といった年内の予定が詰まっていて、そこまでは全力で頑張りたいのだけれど、年明け以降のスケジュールについては相談させてほしいと。彼女の希望としてはなるべく早く治療に専念したいから、年末で一旦終わりにしたかったと思うんですよ。でも2021年にアルバムを出す話が水面下ではすでに動き始めていたので、その話を彼女にしまして。「貴方なしで録るというのはちょっと考えられないので、最後にそこまで付き合ってくれないかしら?」と。身体の不調を訴えている人に対してこちらの希望を押し切るのはなかなか難しい状況ではあったんですけど、最終的に彼女がレコーディングまで頑張りますと承諾してくれたんです。それが昨年末の話。ジュリ島の休職を発表したのが4月の下旬くらいで、それまでの数カ月は胞子(ファン)の皆さんに対して言うに言えないのがモヤモヤしたし、でも自分はとにかく曲を作らなきゃいけないという任務があってだいぶ目まぐるしい時期でした。何せその間の記憶が朧げですからね。振り返りたくないほど過酷だったから記憶を抹消してしまったのかもしれない(笑)。

──ジュリ島さんの体調が芳しくないことは薄々気づいていらっしゃったんですか。

M:ウチに入社して程なくして「私、まだ若いのに五十肩なんですよ」なんて話は聞いていました。ベーシストは肩や首を消耗するものだし、ツアーが続いたときは楽屋でマネージャーが彼女の肩を揉むこともしばしばあったので、だいぶ辛そうだなとは感じつつも慢性的なものだからうまく付き合うしかないんだろうなと。そしたら長年の蓄積疲労が重なった上に本腰を入れた治療をしなかったこともあり、ここで本気で休まないとベースを弾くことはおろか日常生活にも支障をきたしてしまうということになって。こればかりは仕方のないことだし、来るべき時が来てしまったともいえますね。

──支配人は去る者は追わずの方なので、今回も新規従業員を入社させた新体制でアルバム制作に打ち込むこともできたと思うんです。むしろ従来ならそうしていたはずですよね。

M:ジュリ島がただのベーシストだったらそうしていたのかもしれないし、無理させてまでこの子にやらせなくたっていいじゃないという選択肢もあったと思います。そこでワタクシが彼女にこだわってしまったというのは異例中の異例ですよ。そんなケースは公私共に皆無だし、離れていく人に向けて「ちょっと待って!」なんて口が裂けても言わない(笑)。だけど彼女とは何度も話し合いをしたし、どうしてもレコーディングに参加してほしいと自分からお願いをし続けたのは初めてのことでした。

──これまでの従業員とは違って、ジュリ島さんのどんなところが特別だったのでしょう? もちろん卓越したプレイありきとは思いますが。

M:キノコホテルというグループを何度も投げ出したくなったときに、彼女がそれとなく食い止めてくれたというか。別に「支配人、頑張りましょうよ」とか言ってくるわけじゃなく、ワタクシの愚痴や不満を黙って受け入れてくれる。その上で的確なコメントや過不足ない返事をしてくれるんです。彼女がいたからこそキノコホテルを続けてこれたのも正直あるんですよ。

7作目で習得して8作目で実践したこと

──この8年でバンドが飛躍的に進歩を遂げたのはジュリ島さんの功績が極めて大きいですよね。“ジュリ島以前、ジュリ島以後”という言葉があってもおかしくないくらいに。

M:プレイヤーとしての彼女に全幅の信頼を寄せていたのはもちろんですけど、よく2人でお酒を飲んだこともあったんです。歴代で唯一心を許せるメンバーだったし、この人になら自分の弱みを見せても辛くないと思えたし。自分より年下だけど、どこかお姉さんのような包容力もあって。そういう不思議な関係性だった一方で、「もう継続するのが厳しいです」と言っている人を一生懸命つなぎ止めようとする自分に対して凄く葛藤があったのも事実です。それは違うんじゃないか? と思っている自分もいましたから。

──ジュリ島さんがスカウトしたナターシャさんにとっては初のアルバム制作ですし、その不安を払拭するためにジュリ島さんを引き止めたところもあるのでは?

M:それもありました。ナターシャの相方がジュリ島じゃないというのはさすがにごちゃつき過ぎですしね。これが自分のソロプロジェクトならどうでもいいんですけど、バンドとして動いている以上はワタクシがどれだけ孤軍奮闘したところで胞子の方たちはあくまでバンドとして見るわけなので。それにジュリ島の後釜に相応しいプレイヤーを大急ぎで探す気力もそのときはなくて、そんな時間があるなら曲を書かなきゃという気持ちだったんです。

──そうした逆境に直面しても高水準のアルバムをしっかり完成させるのがキノコホテルらしいともいえますが、前作『マリアンヌの奥儀』を共同プロデュースした島崎貴光さんから学んだ制作術が本作『マリアンヌの密会』に活かされた部分はありますか。

M:基本的なことですけど、デモのトラックをすべてデータ化してあらかじめエンジニアさんと共有しておくこととか。それによってレコーディングがとてもラクになるので。他のバンドは普通にやっていることだし、プロの世界では常識なんでしょうけど、ワタクシは前作で初めて島崎師匠から伝授されたんですよ。そのおかげで頑張ってオルガンを何回も弾かなくていいし、スタジオへ行けばエンジニアさんがトラックを全部用意してくれていて、リズム隊の2人もそれを聴きながらプレイできるから作業がスムーズなんです。その代わり事前の準備が非常に大変ではあるんですけどね。“島崎以前”はそうした手法を全く知らず、レコーディング前に準備も何もしなかったものですから、「こんな曲です」とエンジニアさんにその場で聴いてもらいながら進めていったんです。お互いよく分からないまま手探りで作業するから後がもの凄く大変だったんですよ。今回は録る前に苦労しておいたぶん録りが始まれば非常にスムーズで、そっちのほうが全然いいわけなんです。自宅で独りデータの書き出しをするのも面倒は面倒ですけど、慣れてしまえば流れ作業なので。それまでは出たとこ勝負でどうにかなるだろうと甘い考えで何年もやってきましたが、準備をしておくに越したことはないですよ。7枚目でそれを学んで8枚目で実践するというあまりの立ち上がりの遅さに我ながらビックリですけど(笑)。

──収録曲は今回もまた秀作揃いですが、最初と最後にそれぞれインストゥルメンタルを配置する構成は少々意外でした。

M:いわゆるJ-POPのアルバムの1曲目がインストだなんてセオリー的には無しの手法だし、メジャーのレコード会社なら絶対に言いがかりをつけてくるでしょうね(笑)。「頭からインストだとスキップされちゃうよ」って。それならスキップすればいいじゃないって話なんですけど。もちろん盤として聴いてもらうことを一番望んでいるものの、リスナーの方が必ずしもそうしてくれるとは限らないじゃないですか。今や好きな曲だけ単品で買って聴いたり、自分の好きな順番にシャッフルして聴いたりするわけで。だから1曲目がインストだろうが別に関係ないし、好きなようにやらせてもらうわよと。まあ今回のレーベル元にはそういったことも言われずにお任せしていただけたので良かったですけど。

──「海へ・・・」はタイトルに反してスペイシーな曲調がユニークですが、とある緊縛ショーのBGMが原型としてあったそうですね。

M:一昨年だったか、お友達の緊縛ショーに音楽を付けてほしいと言われて、そのショーの導入用に作ったんです。曲が流れると緊縛師の男性とスリップを着たM女が出てきて事が始まるという。その曲が自分でも気に入っていて、キノコホテルの楽曲としてもアリだなと思って。スペイシーと仰っていただきましたけど、もともと自分の中でも宇宙をテーマにするつもりだったんです。『2001年宇宙の旅』で使われた「ツァラトゥストラはかく語りき」ならぬ「マリアンヌはかく語りき」みたいなイメージで。ところが今回、アートワークの写真撮影のために熱海に行きまして、海の上に建つニューアカオというホテルに3泊滞在したんです。そこは全室海の見えるオーシャンフロントで、真っ暗な夜の海を窓から眺めていたらいつのまにかコンセプトが宇宙から海に変わっていたんですよ(笑)。ニューアカオという小宇宙から熱海の海へ帰還してきたというか。

──アナログシンセ、チェンバロ、パイプオルガンなどの音も随所に散りばめられていて、さりげなくも情報量の多いインストに仕上がりましたね。

M:あまりよく考えずに気の向くまま作ったデモをほぼ流用した形なんです。ケメに少しギターを入れてと頼んでみたもののイメージ通りじゃなかったのでそんなに入れなかったし、むしろ自分が入れておいたギターを残してあったりして、バンド名義とはいえほぼワタクシのソロ作のようなものです。身勝手なリーダーが率いるバンドを象徴するオープニングですね(笑)。

どこか突き放したドライな視点を常に持っていたい

──先行配信された「愛してあげない」はジュリ島さんの芯の太いベースが異常に際立っているのがいいですね。

M:ベースの音が大きいのはキノコホテルの基本ですから。「愛してあげない」はサラッと聴けて短いし、特に難解さを感じる曲ではないんですけど、よく聴くとサビのベースラインが非常に饒舌なんです。ベースを弾けない人間が盲滅法に考えたフレーズをここまで忠実に弾くのだから凄いし、よくこれだけ弾けるなと改めて思います。こうしたベースラインを8年以上ずっと弾いてきたわけだし、そりゃ身体も痛めるはずだなと思いますよ。結局、ワタクシはジュリ島の身体を気遣っているようで最後の最後まで酷使させてますよね。もちろんそんな悪意はこれっぽっちもないけれど、やはり彼女に期待してしまう自分がどこかにいるんです。

──「愛してあげない」は一見キノコホテルの結成当初の楽曲にありそうなタイプにも思えますが、昂揚感が訪れるサビの辺りに進化したソングライティングを実感するという簡にして要を得た曲といえますね。軽いけど深いというアルバム全体をシンボリックに表現した趣きもあって。

M:いろいろな捉え方ができる曲だと思います。長年キノコホテルを聴いてくださっている方と初めて聴く方では捉え方も違うだろうし、昭和の歌謡曲を全く知らない方にどう映るのかも気になりますね。

──端正かつメロディアスな「キマイラ」ですが、キマイラとはギリシア神話に登場する怪物のことだとか。

M:モチーフにしたのは生物が環境の変化など他の要因と作用してまた別のものに変異するキマイラ(キメラ)という現象のことなんです。その語源がギリシア神話に出てくる怪獣から来たみたいで。今やこのコロナ禍で人類そのものが変異してしまいそうな状況に置かれていて、自分を取り巻く環境もコロナはさておきグループが荒波に揉まれてカオスの真っ只中にいる。この経験を経て自分自身がどう変化するのか、それは良い変化なのか悪い変化なのかとか、去年からの外出自粛期間中に家に閉じ籠もっているといろいろと妄想ばかりが膨らんでしまうわけです。そんな思いを象徴した曲を作りたかったんですね。昨年EPとして発表した「赤い花・青い花」「銀色モノクローム」は象徴というよりコロナ禍の今ある姿そのものをテーマにした曲でしたが、そこまで直接的じゃなくても何かこの時期だからこそ書けた楽曲をアルバムに入れておきたくて。

──別れた恋人の残像を払拭できない切なさを描いた「カモミール」は普遍性の高いラブソングですが、こうした優れたポップミュージックを作るのが支配人は本当にお上手というかお手のものというか。

M:こういう良い曲はおそらくいくらでも書けるんですけど、良い曲だらけにしてしまうのはキノコホテルとして違うんじゃないかと考えてしまうんです。この手の曲は1、2曲程度でいいだろうとか。ジュリ島のことを意識したわけではないけど、この1、2年、人との別離が非常に多かったんですよ。振り返るといろんな人たちとの別れを経験したなと考えながら「カモミール」を書いたところはありますね。

──「愛してあげない」も似たもの同士の2人が別れる様を描いた曲ですし、そういうモードだったのかもしれませんね。

M:もうホントに別れっぱなしですよ。ほとんどがケンカ別れですけど(笑)。

──誰しもが認める名曲ばかりになるのを避けるバランスとして「断罪ヴィールス」のようにコミカルな曲が用意されているようにも思えます。

M:そうね。収録した曲をアルバムの中での役どころに重ねてみると、主人公がいたらその恋人、大親友、お世話になっているバーのマスターといった登場人物がいるわけなんですけど、それがここ何作かで定型化してきているんです。前作でこの立ち位置だった曲が今回はこの曲なんだ、みたいな。それは意図せず勝手にそうなっていて、その意味で「断罪ヴィールス」は毎回アルバムに収録されるやんちゃ系の曲というか。「街が痙攣している」は前作でいえば「レクイエム」の立ち位置だったりするし。たとえばワタクシが演出家だとして、違う舞台なのに出てくる役者は毎回同じみたいな感覚がありますね。

──この「断罪ヴィールス」もまた別れがテーマともいえそうですし、支配人と袂を分かった人たちへ向けた餞別のような歌にも聴こえますね。

M:まさにその通りです(笑)。初期のキノコホテルは別れた相手に対する当てつけソングが多くて、ここ最近はその手の曲がなかったんですよ。というのもワタクシがここ最近めっきり恋愛もご無沙汰で、人に対してエモーショナルになる機会がなかなかないものですから。まあそれはいいんだけど、「断罪ヴィールス」は久々に分かりやすい当てつけの曲ですよね。

──でも当てつけ一辺倒ではなく、嘘や言い逃れをする人たちを呼びつけて罪をさばく様をナレーションで入れてあるところが遊び心が効いていて面白いですね。

M:恨み辛みの歌を唄っても様になるのは中島みゆきさんくらいだと思うんですよ。自分の場合はどこか突き放したドライな視点を持っていたいし、人と袂を分かつ以上は自分も少なからず痛手を負ったり後味の悪さを感じていて、でもそんな状況を笑い飛ばしたい気持ちもあるんです。「そんなヤツ、別れて正解でしょ?」って。

──断罪される側の言い分を従業員の皆さんがそれぞれ喋っていますが、ジュリ島さんの声を残しておきたいという意図もありましたか。

M:それはあったと思います。あの魅惑のロリータボイスを記録に留めておくためにも(笑)。

自分では予期せぬところで辻褄の合う瞬間がある

──「街が痙攣している」は礼拝音楽を思わせる荘厳な雰囲気のある名曲ですが、打ち込みドラムを使ったのは生のドラムだとニュアンスが強すぎるからですか。

M:この曲に関してはドラムは最初から要らないと思って。ベースは弾いてもらったんですけど、デモを作っている時点で生ドラムの必要性を感じなかったので。

──無機質な打ち込みドラムにすることによってウェットになりすぎるのを抑える効果があるようにも感じますね。

M:そうですね。サビでメロトロンが分厚く入ってくるし、どこかドライな視点を持っていないと押しつけがましくなってしまうんです。どう? いい曲でしょ? みたいな押しつけがましさが出るのがイヤで、生ドラムにするとそうなってしまいそうな気配もあってやめにしたんです。

──気怠いムードの「わがままトリッパー」はSNSで承認欲求を満たそうとする人たちを皮肉ったような曲で、歌詞とメロディがほぼ同時に作られた珍しいケースだったとか。

M:あるときお風呂に入っていたら「わがままトリッパ〜♪」と降って湧いてきたんです。それで風呂を出て、忘れないように何小節かのリズムとベースラインをパソコンに打ち込みまして。ほぼ全裸のままで(笑)。自分でもよく分からないんですよ、なぜ「わがままトリッパー」という言葉が突然降りてきたのか。これも先ほどから話しているドライな視点から軸をずらさないまま作れた曲ですね。

──凄く支配人らしい曲ですよね。「私の毎日に いいねは要らない」「いいかどうかは自分で 決めるから」という歌詞も実に支配人らしいですし。

M:まあ、そこまで言うならSNSを全部やめろよと自分に対して思いましたけどね(笑)。だけど“いいね”という言葉も良し悪しじゃないですか。訃報のニュースなのに“いいね”がいっぱい付いているのを見るとモヤッとしますし。“いいね”の意味もよく分からないですよね、“どうでもいいね”なのかもしれないし。無駄に時間があるとついそんなことを考えてしまいます。

──表現に携わる人は概して承認欲求が強いものなのではないかと思うのですが、支配人はどうなんでしょう?

M:“いいね”をされてイヤなわけではないですけど、だから何? っていうのはありますね。誰かに関心を持っていただくのはもちろん有り難いことだし、マリアンヌ東雲、ひいてはキノコホテルの存在をまだまだ知っていただく必要がある立場ですので、SNSは自分たちを知ってもらえたらいいかなと思いながらやっているんです。Instagramは見てほしい写真があるので進んでアップしていますけど、Twitterはもっぱらボヤきや情報告知が多いんです。告知であれば“いいね”じゃなくRTしなさいよとか思うし、Twitterをやっていると“いいね”にイラッとすることが多いですね(笑)。

──「わがままトリッパー」のアウトロで「上がって 下がって 下がって…」というリフレインがありますが、あれはSNSのリアクションに一喜一憂して翻弄されている人たちへの揶揄みたいなものですか。

M:何でしょうね。自分のメンタルが不安定だったのもあるし、「わがままトリッパー」という言葉と同じ流れで「上がって 下がって 下がって…」がふと聞こえてきたんですよ。SNSに振り回されている人たちに向けたものでもいいんでしょうし、そこは歌ですから如何様に捉えていただいてもいいと思います。自分としてはコロナ禍のせいでいろんなことが禁止された世の中に対して乱痴気騒ぎみたいなパートを入れたい構想はあったけど、なぜ「上がって 下がって」という言葉が出てきたのかはよく分かりません。だけどワタクシの歌は結果的に辻褄が合うことが多いんですよね。

──確かに。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令に上がったり下がったりする我々の心情とも重なりますし。

M:それもあるし、SNSや世の中もそうだし、自分の仕事や家庭内のことかもしれないし。それこそ世界中が「上がって 下がって 下がって…」だと思うんですよ、この1年以上。

──続く「莫連注意報」ですが、この曲で初めて“莫連”という言葉の意味を知りました。凄く良い言葉ですよね。

M:そう、良い言葉なんですよ。いつか使いたいなと思っていて。

──莫連=すれっからしの女、あばずれという意味で、支配人にぴったりの言葉じゃないかと思って(笑)。

M:否定できないわね(笑)。“注意報”という言葉も突如降りてきたんです。「常に悪天候」という歌詞があったけど、そのことは全然考えずにすでに決めていた“莫連”というワードに“注意報”を付け足してみたんです。後で歌詞を読み返してみたら「時化た荒波に乗り出せ」というフレーズもあったし、これでいいじゃないかと思って。そういう自分では予期せぬところで何かがピタッとハマる瞬間があって、それは非常に気持ちが良いものですね。

──「莫連注意報」は従来の楽曲でいえば拡声器系というか暴発系というか、キノコホテルのアルバムの中に必ず1曲入っているタイプの曲ですね。

M:前作でいえば「茸大迷宮ノ悪夢」と同じポジションで、もっと遡れば「愛と教育」とかの系譜ですね。

──しかもこの辺りでそろそろ爆発系の曲を聴きたいというところで「莫連注意報」が来るし、構成が非常に良い流れなんですよね。

M:実は今回の曲順は、ほぼデモが出来た順なんです。それぞれのタイトルも決まっていなかったので、1番の曲、2番の曲…とデモを従業員に送っていたんです。最終的にマスタリングの段階で曲順を決めるときに並べてみたら、暫定で振ってあった番号の通りだったので自分でも驚きました。ああ、これは結果が見えていたのかもしれないと思ったし、ワタクシはいつも着地が綺麗なんですよ。

お遊びで齧った紛いものかもしれないけどいい感じじゃない?

──ということは、従来のキノコホテルにはないほろ苦さと爽快感が混在した「エレクトロ・デリケイト」は一番新しい曲というわけですね。

M:従業員に最後に渡した曲ですね。仰る通り、今までのキノコホテルにはない異色の曲だと思います。

──「お仕置きをしなくちゃ」と物騒なことを唄っているのにチャーミングさを感じるのはメロディの瑞々しさと支配人の艶のあるボーカルに負うところが大きいんでしょうね。

M:やっぱりチャーミングさが大事なんですよ。ワタクシのような年増の女が真顔で「お仕置きをしなくちゃ」なんて言ってもドン引きされるだけだし(笑)、従来になかったかまととぶるエッセンスを入れるのがこのところ好きになってしまって。松田聖子さんも歳を重なるごとにどんどんぶりっこになっているじゃないですか、良い意味で。あの域に行こうとするのがよく分かる年齢に自分も達したのかなと思います。

──この「エレクトロ・デリケイト」で綺麗に終幕を迎えても良いところを、「麗しの醜聞」というとてつもなくグルーヴィーなリズムが躍動するインストゥルメンタルで締めるところが「まだここでは終わらないぞ!」というバンドの未来を感じさせる演出にもなっている気がするんですよね。

M:こんなことを言うと身も蓋もないですけど、9曲しかないじゃない? と思って(笑)。それで終わっちゃマズいと思ったんですよ。

──元は2019年に行なわれた創業12周年記念公演のオープニング映像用に作られた曲だそうですね。

M:そうなんです。全部ワタクシの打ち込みで、キノコホテルの公式YouTubeチャンネルをご覧いただくとその映像が残っているはずです。それは尺が短いもので、そこから新たに展開を加えて完全版にして、なおかつ生演奏で仕上げたのが「麗しの醜聞」なんです。「海へ・・・」と同じようにきちんとした作品として残しておきたい気持ちがありました。

──インストであれば個々人のパートの見せ場も作れるし、とりわけジュリ島さんのベースを最後にフィーチャリングする意図もあったのではないかと思いますが。

M:無きにしも非ずですね。その気持ちはあったのかもしれない。

──インストはキノコホテルの実演会の終盤で重要な場面を担いますし、キノコホテルのようにクールなインストを聴かせるロックバンドが近年少なくなってきたようにも感じます。

M:インストはインスト専門でやられているバンドが圧倒的にお上手で、歌モノをやっているグループが積極的に手を出さないフィールドではありますね。インストをやるとそのバンドの現時点での実力がすぐに分かるし、今回の「麗しの醜聞」を録ってみてもの凄い課題を感じたりもしました。

──欲を言えば支配人の歌を最後に聴きたかったですが、これだけ痺れる出来のインストを聴くと本作の大団円を迎えるにはこれ一択のようにも思うんですよね。

M:今回のアルバムを作る前に「次は全編インストのアルバムにしちゃおうかしら」なんてツイートをしたら、だいぶ“いいね”が付いて腹が立ったんです(笑)。でも心優しい胞子の方が何人かいて、「支配人の歌がないとイヤです」というリアクションもあったけどそれもほんの数人で。次こそ全曲インストにしてやろうかと思いますけど(笑)。

──「愛してあげない」みたいな曲が本筋と思われるバンドがインストをやるからこその面白さがありますし、キノコホテルがインストだけのアルバムを作ってももちろん悪くはないでしょうけど、何度か聴いたらすぐ飽きられてしまいそうな気もしますね。

M:だと思うし、各パートがもっと超絶的に上手くないとこき下ろされて終わりですよ。言うほどインストって甘くないし、ワタクシも「歌詞を考えるのが面倒だからインストにしたわ」とか冗談で言ってますけど、本気でインストを極めようと思ったら奥が深いし、キノコホテル程度のテクニックでどうこうできるものじゃないと思うんです。ただキノコホテルはお遊びで齧って、紛いものかもしれないけどいい感じじゃない? っていう評価を得られるくらいにまとめる才能はあるグループだし、本物の方たちは他にいくらでもいるからそちらへどうぞ、って感じですかね。

──プラスチック・ソウルという言葉がありますけど、良い意味でのプラスチック感がキノコホテルの良さであり持ち味だと思うんです。本物すぎると暑苦しくなるし、広島“風”お好み焼きならではの良さってあるじゃないですか(笑)。

M:ぐつぐつに煮詰める前にもう待ちきれなくなって食べちゃって、はい次! みたいな感覚なんですよ。煮汁がなくなるまで煮詰めるのが好きな人もいるけど、ワタクシはせっかちなものでそこまで待つのが面倒くさい。それってミュージシャンとしてどうかと思うけど、興味の対象がどんどん移ってしまいがちなんです。女の子は移り気なんですよ。

──以上の全10曲が収録された『マリアンヌの密会』、これだけバラエティに富んだ内容で聴き応えも充分なのにトータルで35分ほどしかないのが意外なんですよね。大作に近いことをやっているのに短くて、でもだからこそ何度も繰り返し聴けるわけなんですが。

M:いつもこれくらいの尺が理想だと考えているんです。デビューアルバム(2010年2月発表の『マリアンヌの憂鬱』)も40分に満たないくらいだったし。

──だけどこの編成のキノコホテルはもう二度とないのだと「麗しの醜聞」がフェイドアウトするたびに感じるし、複雑な気持ちにもなってしまいます。

M:その意味でも特殊なアルバムですよね。ナターシャにとってはこれが最初、ジュリ島はこれで最後、ケメに至っては欠場中で、もう訳が分からない(笑)。女性グループが散り散りになるときって大抵は結婚や出産が主な理由なのに。でも最近はミュージシャンやアイドルの方がメンタルのご病気を発表されて休業に入るケースが増えましたよね。そこへいくとウチは怪我ばかりですけど、怪我は大人しくしていれば治りますので。

──主要メンバーの怪我が続出するなんて、完全に体育会系ですよね(笑)。

M:意外と体育会系なのかもしれませんね。ナターシャは入社から1年半経ってもまだ正社員にしてもらえない見習いですし。「こんな状況だし、貴方を正社員に任命するから頑張るのよ」ではなく「この難局を乗り切って成長できたら正社員にするかどうか考えるわ」と本人には伝えてますから。

アートワークの撮影は熱海のホテルニューアカオ公認

──アートワークについても触れておきたいのですが、先ほども話に出たように熱海にあるホテルニューアカオで撮影を敢行されて。

M:そうなんです。ブックレットの中では“ニューキノコ”にしてしまいましたけど(笑)。アートワークをどうするかという話になったときに、熱海に行きたいとワタクシがノリで言い出したんです。というのも、アートディレクターの方も仕事で熱海に行く予定があって、同じ時期にワタクシもプライベートで熱海に行く予定があったもので。じゃあ熱海で撮影しましょうよという話になって、ニューアカオにコンタクトを取って撮影許諾をいただいたんです。そもそもワタクシが3月にホテルニューアカオで行なわれた『熱海怪獣映画祭』のオープニングコンサートでヒカシューやチャラン・ポ・ランタンと一緒にステージに立ったのがホテルニューアカオとの最初の接点だったんですけど、ずっと気になるホテルだったんですよ。熱海秘宝館から海を見下ろすとそこに建っているホテルだったので。いつかあそこに泊まりたいなと子どもの頃から思っていて、図らずも『熱海怪獣映画祭』で訪れるチャンスがあって。それ以来、ニューアカオに完全にハマってしまったんです。

──実演会で使用したり、「マリリン・モンロー・ノー・リターン」のミュージックビデオでも協力を仰いだニューフジヤホテルではなかったんですね。

M:ニューフジヤホテルがそれで怒っていたらどうしようかと思いますけど(笑)、ワタクシとしては熱海という街全体を応援したいんですよ。ニューアカオは海の上に佇むロケーションがまずフォトジェニックだし、1973年の創業当時の面影をきちんと残してあるのもいいんです。古いけどちゃんとメンテナンスもしてある凝った内装で、今ではまず作れないような巨大シャンデリアが居並ぶロビー、ローマ宮殿を思わせるダイニングも素敵だし、レトロな花柄デザインの絨毯や亀の甲羅みたいな壁のタイルといった細かい部分まで昭和の美に溢れているんです。

──熱海という街は支配人にとって非日常感を味わえる異空間のような場所なんでしょうか。

M:どこか懐かしさもあるし、東京から車で1時間半くらいで行ける手軽なトリップ感もいいんです。温泉やストリップ小屋もあるし、飲み屋もいっぱいあってよくできた街なんですよ。大昔は新婚旅行のメッカだったくらいですから風光明媚な街なんですね。

──“ニューキノコ”という架空のホテルで“密会”しましょうというのがアートワークのコンセプトといえますか。

M:『密会』というタイトルはだいぶ後になって決めたんです。レーベルの担当者にタイトルを急かされて、「『マリアンヌの密会』にします」と伝えたら「もう少し強いワードを…」とか言われたんですよ。でも自分としてはやっぱり“密”という言葉と“会”という言葉を使いたくて。コロナ禍のおかげで“密”という言葉、人に“会”うという言葉がすっかり悪者になってしまったけれど、そういう風潮に対して複雑な気持ちを抱えていたのでどうしても『密会』にしたかったんです。もういいじゃない、堂々と密に会いましょうよ、という気持ちを込めて。

──結果的に今の世相を反映したタイトルと作品になりましたね。

M:この状況だからこそ出来た作品だと思うし、ニューアカオと出会ってアートワークのロケーションに使えた流れも良かったし、何か必然的なものというかご縁を感じますね。思いつきでニューアカオで撮影したいと言ったものの、それが結果的に『密会』というタイトルにもつながったし、最後はすべて辻褄が合うものなんだなと思いました。

──ところで、ジャケットに写る赤いマニキュアの指はジュリ島さんですか。

M:そうです。

──ああ、やっぱり。

M:この役割に相応しいのは彼女しかいなかったので。撮影したのは早朝のホテルの部屋で、最初はカメラマンと2人でワタクシ一人のショットを撮っていたんですよ。その流れでワタクシが従業員に靴を履かせてもらう写真を撮りたいと提案して、ジュリ島を呼ぶことにしたんです。そのときは彼女にとって最後のアルバムだからとかは考えず、ワタクシの靴を履かせるのが様になるキャラクターは彼女だなと思っただけなんです。手しか写らないから誰でも良いといえば良かったんだけど、今回の制作背景を考えても彼女以外の適任者はいませんでしたね。

これからは堂々と“密会”するつもり

──去りゆく従業員の存在をここまで作品の細部にわたってフィーチャーするのはまさに異例ですよね。

M:5月8日の新宿ロフトでの実演会、5月14日のロフトプラスワンでのトークライブでジュリ島を気持ち良く送り出せたことで、自分の中で彼女のことは完結したし、彼女に対する未練も今は一切ないんです。8年間一緒にバンドをやれて良かったなとか、コロナが落ち着いたらまたお酒を飲んだりするのかなとぼんやり思っているくらいで。まあ、このアルバムを作っている最中の気持ちはとても複雑でしたけどね。送り出したい気持ちと、やっぱりどこか寂しい気持ちもあったりして。そんな心境だったことも含めて、我ながらホントによく頑張ったと思います。年明けから3月にかけての曲作りの時期は特に辛かったですね。すぐNetflixの韓流ドラマに逃げて、あと1話だけ見たら曲を作ろうとか思いながら、結局最終回まで見ちゃって朝の8時になっていたり(笑)。そんなただれまくった生活の中でよくやりましたよ。自分がこのアルバムをこのタイミングでリリースできなかったらキノコホテルは終わりだと思いましたからね。逆に頑張ってこのアルバムをリリースできれば先が見えるはずだと思ったし。まさに背水の陣でした。これでもう何度目の背水の陣なんだ!? って話ですけど(笑)。

──これまでの背水の陣は自分自身との闘いがメインだったと思いますけど、今回は去りゆくメンバーのためにも下手なものは作れないという覚悟もあったんじゃないですか。

M:責任はありましたよ。もう休養したいという彼女を説得して巻き込んだからにはちゃんとした作品にしなくちゃいけないと思ったし。しかも憧れだったホテルに撮影協力までしていただいて、いろんな人たちに対してちゃんと責任を持たないとダメだという気持ちがいつも以上にあったかもしれません。

──この『マリアンヌの密会』が晴れてリリースされた後はついに新たな電気ベース奏者のお目見えと相成りますね。

M:新しいベーシストのデビュー戦は8月の九州ですね。ゴーグルズが呼んでくれたイベントで、福岡、熊本、大分と回ります。熊本はニュー白馬という日本に現存する唯一のキャバレーでやります。その新しいベーシストの方が凄くお若くて、曲を覚えるのが異常に早いんですよ。まず実演会の定番曲を覚えていただかなきゃいけないので練習してもらって、すでにスタジオにも入っているんですけど、カンペを一切見ないのが凄いんです。

──切れ者の片鱗が窺えますね。

M:今までの従業員はみなコードとか譜面を書いてきて、それを見て一生懸命取り組んでいたんですけど、新しいベースの方は何も見ないで弾くんです。曲をモノにするのは早いので、表情を付けていくのはこれからの段階ですかね。もともとはワタクシがあまり知らないフィールドでサポートとかをやっていた方で、ジュリ島がひょんなことからその方と知り合って、「この人にだったらお願いできると思います」と紹介してくれた子なんです。ぜひ期待していただきたいですね。

──話を伺っているとキノコホテルの大殺界も底を打ったようですし、後は上昇気流に乗るだけですね。

M:そう願いたいものです。後はウルトラ・ヴァイヴさんにこのアルバムをしっかり売ってもらって、従来通り有観客での実演会をできるようになればと思いますよ。自分たちの生活もあるし、ライブハウスに少しでもお金が回ればという一心で去年は配信ライブを親の敵のようにやりましたけど、あれもなかなか消費されるのが早かったですからね。配信ライブを見た方の話を聞くと、配信を見るとなおさらこのライブを生で見たかったというフラストレーションが溜まって逆に辛いみたいなこともあるそうで、それも一理あると思うんです。だから年内は何とか有観客で実演をしたいし、そんなに大規模ではやれないでしょうけどレコ発ツアーもやりたいですね。オリンピックがやれるのにライブをまともにやらせてもらえないなんておかしな話だと思うし、これからのキノコホテルはもう堂々とやっていくことにしますよ。新たなベーシストを迎えて胞子の皆さんとこれみよがしの“密会”をするつもりですので、どうぞお楽しみに。

© 有限会社ルーフトップ