完全試合とノーノーで2日連続の偉業 比べるほど対照的なトヨタ自動車の“両輪”

トヨタ自動車・後藤希友、切石結女、三輪さくら(左から)【写真:荒川祐史】

完全試合達成の三輪さくらは5種類の変化球操る技巧派右腕

日本女子ソフトボールリーグでは5月、大記録が生まれた。トヨタ自動車の三輪さくら投手がシオノギ製薬戦で完全試合を達成。さらに、翌日にチームメートの後藤希友投手が豊田自動織機相手にノーヒットノーランの快挙を成し遂げた。ともに、マウンドに立つと独特の感覚が生まれる2人の投手。ただ、投球スタイルも性格も、歩んできた道も対照的だった。

5月8日、シオノギ製薬戦に先発した三輪はマウンドの感触で「きょうはいけるかも」と感じていた。好みの固い土だった。「調子がいい時はマウンドからバッター見下ろす感じがある。マウンドの固さがしっくりきて、いけるという感覚があった」。

そうは言っても、大記録を確信していたわけではない。「今まで完投が少ないので、絶対に最後まで投げ切りたいと思っていた」。三輪の頭にあったのは完投勝利だった。最終回のマウンドに向かう前にベンチがそわそわし、トレーナーに「ソフトボール人生が変わるかも」と声をかけられて初めて、1人の走者も出していないことに気付いた。

三輪の完全試合達成翌9日、豊田自動織機戦のマウンドに上がった後藤も独特の感覚を持っている。ノーヒットノーランを成し遂げた一戦を「あの時は試合が始まった時点でヒットを打たれない、抑えられる自信があった」と振り返る。ただ、三輪と対照的なのは大記録を狙って達成したことだ。「初回からずっとノーヒットノーランは意識していた。相手は首位のチーム。絶対に落とせない試合だった」。相手のミスを突いて奪った1点を最後まで守り抜く。エースの自覚と責任が詰まった投球だった。

偉業を達成した2人の投手。投球スタイルは対照的だ。三輪は5種類の変化球を操る技巧派。浮き上がるライズボールや縦に割れるドロップで、上下の変化をつける。さらに、打者のタイミングを外すチェンジアップやスピードを抑えたライズボールでストレートと緩急をつけ、ホームベースの奥行きを利用した前後差も最大限に利用する。変化球を駆使する投球は爪への負担が大きいため、割れないように毎日のケアを欠かさない。

身長178センチと長身の三輪は最初から変化球投手だったわけではない。モデルチェンジのきっかけは後藤の存在だった。「後藤の速球を見て、いい意味で自分と比較できた。このチームで試合に出るためには何を武器にするのかを考えるようになった」。三輪がトヨタ自動車でプレーして3年目の2019年、新加入したのが後藤だった。その速球は、これまでに見たことのない球速と球質。同じ投球スタイルで勝負しても勝ち目はないと悟った。

トヨタ自動車・三輪さくら【写真:荒川祐史】

ノーヒットノーランの後藤は東京五輪代表、最速114キロの本格派左腕

三輪は後藤の剛球を「速球は動かないと言われているが、パワーがあって回転数があるので、ちょっと落ちる」と話す。その球速は今シーズンのリーグ戦で最速114キロを計測。ソフトボールはマウンドからホームベースまでの距離が野球よりも5メートル以上短いため、球速110キロは硬式野球の160キロ近い体感速度とも言われる。

後藤は20歳の若さでリーグ屈指の投手であり、東京五輪の代表にも選ばれている。剛速球に加えて、ソフトボールでは極めて珍しいサウスポーであることも大きな武器だ。実はソフトボールを始める前まで、後藤は右投げだった。ドッジボールやバスケットのドリブルも右手。ボールを蹴るのも右だ。ソフトボールをする際に、アスリートではない母親から「元々、左利きだから左投げに変えたら」と言われた何気ない一言がきっかけだった。

練習の合間に気分転換で野球ボールを使ってノックを受ける時は、左手にグラブをはめて右手で送球。後藤が本来はサウスポーと分からないほど、きれいなスローイングを見せる。高校生の時の握力も左手が47で右手が41と大差がない。

投球スタイルが全く違う後藤と三輪。練習を15分見れば、性格の違いにも気付く。投球練習の時に足元に敷く縦1メートル、横60センチほどのマット。手際よくクルクルと丸めて持ち上げる後藤に対し、三輪はマットの角を両手で引っ張って移動させる。後藤は自分の意思をチームメートやスタッフに伝えながらテキパキと練習メニューをこなし、三輪はマイペース。周囲は後藤の性格を「せっかち」、三輪を「ふわっとしてる」と分析する。

これまで歩んできた道も対照的だ。運動神経抜群の後藤は子どもの頃、テニスやバスケット、スキーやスノーボードをやっていた。小学4年生でソフトボールを始めると、中学生で最速105キロをマークするほどの逸材だった。一方の三輪は、お絵描き教室に習字、英語にピアノを習っていた。小学3年生で始めたソフトボールを除けば、運動は得意ではなかったという。手先が器用で、今も手芸を趣味にしている。

トヨタ自動車・後藤希友【写真:荒川祐史】

お互いの印象は驚くほど一致「負けず嫌い、オンとオフが違う」

比較すればするほど真逆に見える後藤と三輪だが、お互いへの印象を聞くと同じ答えが返ってくる。後藤が「三輪さんはとにかく負けず嫌い。気合いが入っている時は近づけない」と話せば、2歳年上の三輪は「後藤の負けず嫌いは日本一。ピンチの時に見せる闘志は只者ではない」と語る。また、どちらも「ユニホームを着ている時と着ていない時のオンとオフが全然違う」と口をそろえる。

投手として不可欠な資質が備わっている2人。そして、ソフトボールへの思いが最大の共通点だろう。

東京五輪に出場する後藤は「ソフトボールはまだまだマイナー。五輪で自分のような選手がいることを知ってもらい、将来は日本を背負ってほしいと思ってもらえる選手になりたい。ソフトボールの楽しさを知ってもらいたい」と自覚を口にする。

三輪は「自分も日本代表に選ばれるような選手になりたいし、自分たちの世代がどんどん活躍して盛り上げていかないと。スポーツは見てくれる方がいないと意義はないと個人的には思っている。人に影響を与えられる仕事はそんなにないので、見ている人の気持ちを少しでも動かせる姿を見せたい。ソフトボールの知名度やおもしろさを広げることができれば」と競技普及や将来を見据えている。

2日連続の偉業で日本ソフトボールの歴史に名を刻んだ三輪と後藤。タイプは真逆に見えても芯は重なるトヨタ自動車の両輪が、チームをけん引している。

【動画】すごいの一言、トヨタ自動車両輪のド迫力の捕手目線の投球映像

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(間淳 / Jun Aida)

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