「もう打った?」ワクチンの不安と同調圧力、対処方法は? 2人の識者に聞いた

 「もう打った?」「不安だから私は打ちたくない」「なんで打たないの?」―。新型コロナウイルスワクチンの64歳以下の一般接種が本格化する中、安全性への不安などで接種を控える人がいる。国立精神・神経医療研究センターの意識調査では1割が「接種したくない」と回答。若年層や女性に多く、「副反応が心配」が最も多い理由だった。一方で接種に慎重な人に対する同調圧力や“ワクチンハラスメント”もある。安心な社会と、個人の権利のバランスをどう取ればいいのか。2人の識者に聞いた。(共同通信=宮川さおり)

 ▽正確で科学的な情報を基に判断を

 日米の医師や研究者ら有志が新型コロナに関する正確な情報を発信するプロジェクト「こびナビ」。その副代表を務める木下喬弘(きのした・たかひろ)医師は「政府の情報発信の在り方やメディアの報じ方に課題がある」と語る。

 ―ワクチン接種が本格化しています。

 「接種が進むにつれ、アナフィラキシーなど重篤な副反応疑いや、接種後に死亡といった事例に関する報道やインターネット上の情報量が増えている。不安になって接種を控える人や、『危ないので打たない方がいい』と周囲に働き掛ける人もいます。命や健康に関わる問題なので、不安になるのは分かりますが、偏った情報や不正確な情報ではなく、科学的で正確な情報に基づいて判断してください」

インタビューに応じる「こびナビ」副代表の木下喬弘医師

 「ワクチンは『効いて当たり前』が前提とされるため、接種によって感染しなかった、重症化しなかったなどのベネフィット(利益)はあまり取り上げられません。一方で、副反応などのリスクや有害事象の情報は目を引きやすい」

 ―リスクは気になります。

 「『接種した日にくも膜下出血で死亡』のような例も、因果関係が明確でないうちに情報が広がり、不安をあおった。接種後に発症したからといって、副反応であるかどうかは分かりません。裏付けるには、接種していない人でも同じことが起きているのかを確認する必要があります」

 「厚生労働省の情報発信の在り方、メディアの報じ方にも課題があると思います。『接種後に〇人死亡』と報じられれば、多くの人が『ワクチンが原因で亡くなった』と受け止めるでしょう。実際は違いますし、少なくとも現時点ではワクチンのせいだとは言えません。事実を伝えること自体は間違っていませんが、同時にそのデータをどう解釈したらいいのかを説明しないと、不必要に不安をあおるだけです」

 ―安全性の確認は。

 「ワクチンは開発中だけでなく、治験、市販後のあらゆる段階で安全審査を行っています。日本で使うファイザー社製、モデルナ社製は、それぞれ4万人、3万人の治験を行いました。通常と比べ、かなり大規模な治験です。打った集団と、プラセボ(偽薬)集団の比較で、コロナ以外の病気で入院が必要になったり、亡くなったりする重篤な事例の発症率に有意差はありません」

 「米国では打った人についても大規模な追跡調査を行っていますが、妊娠しづらくなった、おなかの子どもに影響があったというような報告もありません」

 ―どうやって情報を得ればいいのですか。

 「ネット上には誤った情報も氾濫しています。ハーバード公衆衛生大学院に留学していた今年2月、日米の医師や研究者らとともにインターネットサイト「こびナビ」を立ち上げました。イラストや動画も使って、ワクチンの安全審査や副反応について分かりやすく説明してます。複数の専門家が、科学的根拠を示した上で発信している情報に当たって、ワクチン接種によって得られるベネフィットとリスクのバランスを考えてください」

 「接種はあくまでも任意で、個人の意思決定は尊重されるべきですが、科学的に間違っている情報に基づく判断は、尊重とは違います」

「こびナビ」のホームページ

 ▽打たない人への圧力、嫌がらせを懸念

 日本弁護士連合会は人権擁護の立場から市民のワクチン接種への不安などについて相談に応じている。日弁連人権擁護委員会の川上詩朗(かわかみ・しろう)弁護士に聞いた。

 ―日弁連は5月にワクチン接種に関する電話相談会を実施しました。

 「2日間で208件の相談がありました。内容は大まかに三つに分類できます。一つ目は、職場や学校で、打たない人に対して配置換えや、『やめてもらいたい』と示唆するなど、不利益をちらつかせて接種を強いるもの。パワハラになる場合もあります。看護学校の学生から『打たないと実習に参加させないと言われた』という相談もありました」

 「二つ目は、職場で接種した人としていない人のリストを張り出したり、名札に接種の有無が分かるような印を付けさせたりするケース。未接種の人が明示され、差別や圧力、嫌がらせを助長する懸念があります。そもそも接種すれば100%感染しない、させないわけではないのだから、区別することに合理性はない。必要なら、管理職ら限られた人が把握していればいいだけです」

 「三つ目は、会社側が『打たないなら医師の診断書を持ってこい』と、理由開示を求めるもの。副反応といったリスクへの懸念以外に、持病が理由の場合もあり、周りに病気のことを知られたくない人もいる。診断書の要求は、理由の探索で、プライバシーの侵害に当たる恐れがあります。『打たない』という意思を示すだけで十分です」

新型コロナウイルスワクチンの先行接種を受ける看護師=20日午前、東京都武蔵村山市

 ―接種は任意です。

 「ワクチンは人のために打つのではなく、自分の命や健康のために打つもの。『自己決定権』は尊重するべきで、強制や排除は人権侵害です。ワクチン接種はかつて、罰則を伴う義務とされた時代もあった。国が強いた予防接種で多くの健康被害を出した歴史を踏まえ、法改正されました。今はどのワクチンも接種は任意。コロナワクチンも「努力義務」と明記されています」

 ―医療現場で働く人は全員打つべきだという意見もあります。

 「職種や職場によって、求められる感染予防対策のレベルは違います。最も高い職場が、医療現場でしょう。医療従事者の接種の必要性は理解できますが、強制や排除ではなく、本人と十分話し合って、一定程度納得をしてもらえるような手段を探ってほしい。看護学校の例も、実習に参加できないと単位がもらえない。そうすると卒業できない。実習以外で単位取得がかなう代替案を考えるべきです。国もそう通知を出しています」

インタビューに応じる弁護士の川上詩朗氏

 「一般の職場で、医療現場と同じような厳しい対応を取るところがありますが、本当にそこまで必要があるのでしょうか。接種の有無で待遇を変えたり、区別したりすることに合理性があるのかどうかを検討するべきです。命や人権に関わる大切なことです。『とにかく接種』といった空気もありますが、立ち止まって考えていただきたい」

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