【レスリング】悔しい銀…文田健一郎〝エンタメ・グレコ〟で突き進むパリ五輪金メダルへの道

五輪の頂点にあと一歩及ばなかった文田健一郎

東京五輪のレスリング男子グレコローマン60キロ級決勝(幕張メッセ)、文田健一郎(25=ミキハウス)はオルタサンチェス(キューバ)に1―5で敗れ、銀メダル。五輪の頂点にあと一歩及ばなかった。悔しさをぶつける舞台は3年後のパリ五輪だ。息子のためにあえて距離を置き、静かに見守ってくれた父・敏郎さんから託された〝エンターテインメント・グレコ道〟をさらに極め、今度こその金メダル獲得を目指す。

金メダルの夢が破れ、試合後「ふがいない結果に終わってしまい本当に申し訳ないです」と涙を流した。得意の投げを徹底的に封じようとする相手に、スタンドで思うように攻められない展開。先にローリングを決められるなどし、第1ピリオドを0―4で折り返すと、第2ピリオドも攻撃チャンスを生かせなかった。

それでも、日本男子レスリングが1952年ヘルシンキ五輪からつなぐメダルの伝統をしっかりつないだ。世界中が恐れる文田最大の武器は、世界一美しいと言われる反り投げ。伝授したのは山梨・韮崎工高レスリング部監督で元グレコ選手の父、敏郎さんだ。父はグレコの魅力を伝えたくて中学生の頃、豪快な投げ技ばかりをまとめたDVDを見せ「かっこいいだろ」とアピールした。

敏郎さんには、当時、グレコの〝不人気化〟に歯がゆい思いを感じていた。「昔、海外ではグレコはそり合い、投げ合いだったんです。欧州の人と組んだらすぐ投げられて負けだったほど。それが次第に差して前に押し出す、こう言っては失礼ですが、地味でつまらないグレコになり、人気が低迷した。私は反り投げが大好きだった。誰もが見ていて楽しめるグレコになってほしかった」

確かに〝霊長類最強の男〟アレクサンダー・カレリン(ロシア)の俵返しが代表するように豪快な投げ技でグレコに注目が集まった時代もあったが、〝おしくらまんじゅう〟で終わる試合も多くなり、常に五輪種目からグレコ除外のうわさが流れていたのも事実だ。

敏郎さんは文田に、派手な投げ技を身につけ、誰が見ても楽しめる〝エンタメ・グレコ〟への思いをひそかに託していた。そして「親が言うのもなんですが、指導者として見ていても、ポテンシャルが高い。反り投げに限らず、技術的なものは何でも高いレベルで習得した」と、天性のカンで一撃必殺の武器にすることができた。

しかし今大会は、相手に警戒され、反り投げは不発に終わった。大技披露でVを実現する次の舞台は2024年パリ五輪だ。敏郎さんは今大会、試合だけに集中させるため、2年近く自分から一切連絡しなかった。山梨に帰ってこいとも言わず「ほったらかしました」と距離を置いた。

息子も父の気持ちを痛いほどよく分かっている。「まだ父から教わった投げるレスリングを世界に通用させられていない。3年後はそれを通用させて、父のレスリングが世界一だと証明したい」。親子の戦いは続く。

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