【小倉記念】トドメは〝バラ一族〟のロサード 神がかった橋口厩舎の歴史的偉業

橋口厩舎の特別3連勝を締めくくったロサード

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2003年小倉記念】

フランスから輸入された繁殖牝馬ローザネイを祖に持ち、多くの活躍馬を輩出した通称〝バラ一族〟。そのほとんどが栗東の橋口弘次郎厩舎の管理馬で、ジャパンカップを勝ったローズキングダムを筆頭にロゼカラー、ローズバド、ローゼンクロイツにヴィータローザなど、重賞を勝った馬の名が次々に出てきます。バラ一族というだけで、攻め馬で動かなくても馬券が売れた。最近は勢いが薄れつつある血統ですけど、そんな時代があったのは確かです。

今回の主役であるロサードもバラ一族の出身。夏場に強かったのか、それともコース相性が良かったのか、もしくは両方の要素を満たしていたのかもしれませんが、小倉記念を2勝し、北九州記念は2着が3回。夏の小倉でかなりの好成績を収めています。

九州・宮崎の出身ということもあり、小倉競馬をこよなく愛した橋口弘調教師も「小倉と言えば、ロサード」。この評価は引退するまで変わりませんでしたね。僕もそうです。そんな彼のメモリアルレースをあげるのであれば、2003年の小倉記念をピックアップしたい。いや、この場合はメモリアルレースではなく、〝メモリアルデー〟と言ったほうが正解かな? なぜなら、小倉記念のレースを理由にしたものではなく、その日全体が〝思い出の1日〟であったからです。

2003年8月17日──。小倉競馬に詳しいファンの方なら、ピンと来たかもしれませんが、僕がここでピックアップしたいのは小倉記念だけでなく、小倉競馬の歴史に残る特別レースの3連勝。1日に多数の騎乗があり、そのどれもが有力馬のジョッキーならいざ知らず、管理する馬房も限られ、出走頭数に出走する馬の質もおのずと限られてくる調教師。特別レースの全てに出走するくらいなら、どうにかなるかもしれませんが、それを全勝するとなると、かなりハードなミッションです。しかも、最後は重賞ですよ! 盆と正月が一緒に来たどころの騒ぎじゃない。クリスマスもハロウィンもバレンタインまで来たような感じでした。

橋口弘次郎厩舎の特別3連勝。いま、振り返っても〝神がかり的〟だったと思います。9Rの伊万里特別をコードネーム(5番人気)で制したのを皮切りに、続く10Rの国東特別はアクトナチュラリー(2番人気)で勝ち、トドメは11Rの小倉記念をロサード(4番人気)で勝利。

舞台は小回り平坦の小倉ですから、一つくらいはスピードを生かした逃げ切り勝ちがあってよさそうなものですが、そのどれもが直線一気の差し切り勝ち。これも驚きですが、1番人気が一頭もいない。そこにもすごさを感じませんか? 当時は橋口弘厩舎の管理馬というだけで単純にファンの評価が上がる時代。もちろん、戦前はどれも強気でなかったはずです。

誰が驚いたって、橋口弘調教師が最も驚いていたような気がします。もちろん、橋口シンパの多かった小倉の記者席も小倉記念が終わったあとはお祭り騒ぎでしたね。「おいおい、ロサードまで勝っちゃったよ」と。しかしながら、これがロサードにとってキャリア最後の勝利でした。

デビュー戦は406キロ。最終的に晩年には430キロ台にはなりましたけど、それでも小さい馬でした。7歳まで走り続けてキャリアは46戦。6勝のうちの5勝が重賞競走。すでに厩舎を代表する馬でしたけど、この日の1勝により、さらに忘れらない馬となったような気がするのです。

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