【トクサギ】特殊詐欺 捨て駒たちの奈落 追い詰められる「末端」の実態

実際に特殊詐欺で現金やキャッシュカードの受け渡しに使われた暗証番号式のコインロッカー=JR横浜駅

 特殊詐欺の検挙件数が2020年、過去最多となった。被害総額はピーク時から半減したが、依然として水準は高い。だまし取った通帳やキャッシュカードを使い荒稼ぎを狙う詐欺グループにとって、必要不可欠なのが現金を引き出す「受け子」や「出し子」だ。

 その末端の実態に迫る。

(公判廷供述など訴訟関係資料のほか、訴訟関係者、捜査関係者、詐欺グループ関係者への取材を基に構成しています)

 川上博(28)=仮名=は、死を覚悟するほど追い詰められていた。

 「もう逃げられない。死ぬしかない。あいつを殺して、俺も死ぬ…」

 自ら手を染めた特殊詐欺グループから多額の現金を要求されていた。

 不正に入手した他人名義のキャッシュカードを現金自動預払機(ATM)から引き出す「出し子」として詐欺グループの末端を担い始めたのは、2020年の1月ごろだった。

 キャバクラでボーイをしていたが、借金の返済や家賃の支払いが滞り、手っ取り早く金を稼ぐ必要があった。反社会的勢力とつながりがあると噂(うわさ)されていた知人の男に相談すると「仕事」を紹介された。

 指示されたコインロッカーに行き、開けると他人名義のキャッシュカードが入っている。指示されたATMで10万、20万と1日に引き出せる上限額を探りながら、出金を繰り返した。

 「(仕事は)月に10回あるかないか。多い時は週に6回ほどやった」

 報酬は、彼らが「売上」と呼ぶ被害額の1.5%。100万円の被害で1万5千円の取り分だ。「危ない仕事」だと分かっていた。

 だが、リスクと見合わぬ報酬に「やめたい」と思った時は遅きに失していた。

◆のまれた「通帳」 ひらめきと甘くない現実

 1カ月ほど続けたころのことだった。いつものように指示に従い、他人名義の通帳をコンビニのATMに入れた。が、出てこない。

 通帳が戻ってこないのだ。

 「のまれた」

 焦った川上はATMを操作したり店内や周辺をうろうろしたり、指示役に連絡を取ろうとしているうち、後ろから声を掛けられた。

 「これ、あなたのじゃないよね?」

 通帳を手にした警察官だった。「既に被害届が出された通帳だったのかもしれない」「警察へ通報されたのか」「どうすれば」―。平静を装う川上の脳裏をさまざまな思いが駆け巡る。

 「拾いました」

 とっさに出てきた嘘(うそ)で、なんとかその場を切り抜けた。逮捕はされず、始末書のようなものを書くだけで乗り切ることができた。

 窮地を脱した川上だが、「もしかしたらこれは詐欺をやめる口実になるのではないか」とひらめいた。警察に目を付けられている出し子ならば、その後捕まる可能性は高い。そんなやつは使えない。そう考えた詐欺グループから切られるのではないか。

 現実はしかし、そんなに甘くはなかった。

 詐欺グループの指示役に顛末(てんまつ)を伝えると、連絡が途絶え、そしてしばらくすると、スマートフォンが鳴った。

 1千万円出せ。出せないなら詐欺を続けて全額返済しろ―。

◆「(紹介者)殺して自分も死ぬ」

 要求された「1千万円」の根拠はこうだった。

 詐欺の電話をかける「かけ子」の拠点が海外にあり、川上博(28)=仮名=の一件が引き金となり引っ越し費用がかさんだ、他人名義の「飛ばし携帯」を入れ替えた、一定期間詐欺行為ができなくなった-。そうした損害の総額だという。

 「もう逃げられない」

 どこまでが本当の話なのか確認しようのない話だが、川上がそう思い詰めるに至る決定的な理由があった。指示役の男が電話で口にした警察官の名前だ。

 事情を聴かれた警視庁の刑事の名前と一致していたのだ。指示役の男は刑事が所属する警察署名まで口にし、こう告げた。

 「俺たちは警察内部にもつながっているんだ。全部分かっている。嘘(うそ)をつくな。逃げられると思うな」

 詐欺グループからの大量の着信におびえ、震えた。死ぬしかない。あいつを殺して自分も死のう。

 「あいつ」とは、川上に仕事を紹介し、仲間に引き入れたカサギ(仮名)だ。

 「報復してやる」

 刃の長さが15.5センチもある両刃のサバイバルナイフと特殊警棒、催涙スプレー、さらにスタンガンまで用意して、家を出た。

◆暗転した人生

 5歳の夏のことだった。川上は児童養護施設に入った。実父との生活の記憶はない。

 「母は暴力団の男と交際していて、(その男が)私を殴る蹴るの日常でした。母がその暴力を止めることもありませんでした。強く言えば、母も男から殴られるから」

 中学2年になると県内の自立支援施設へ移った。

 「5歳から18歳までいろんな人間にいじめられてきました。施設の職員から虐待も受けました。農作業の際に職員から農具で殴られたこともありました」

 中学を卒業して働ける年齢になると、ハローワークへ通い詰めた。美容師を目指した。東京・品川の美容室で勤務、自活を始め、県内の数店舗でも働いた。

 順調な生活はしかし、暗転する。18歳の時に横浜のホストクラブで働き始めた。カサギと出会ったのはこの頃だ。カサギはホストのスカウトをやっていた。数年すると川上は、居酒屋や清掃業など職を転々とし始めた。

 カサギを通じて知り合った女性と交際を始めたのは18年の冬ごろ。すぐに同居を始め、20年3月ごろまで交際は続いた。だが、詐欺グループから1千万円を要求された数カ月後、交際相手は家を出て行き、川上は金銭的にも精神的にも追い詰められ、自暴自棄になっていった。

 特殊詐欺の一端を担い始めて、わずか半年足らずのことだった。

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