「刺激だらけ」の環境で未来を開拓中。ランボルギーニ育成の根本悠生が語る『ファクトリードライバー』への野望と課題

 日本でのレース活動に行き詰まりを感じていた2016年。根本悠生は、チームメイトに誘われて受けたイタリアでのテストで、チャンスをつかんだ。単にシートを得ただけではない。レースで好成績を残し、ファクトリードライバーへの近道とも言える、メーカーの育成ドライバーに選ばれたのだ。

 ヨーロッパでは毎年多くの若手ドライバーがステップアップをするなか、欧州国籍外の日本人若手ドライバーに、ランボルギーニから声がかかることは珍しい。今季は『ランボルギーニ GT3 ジュニア・プログラム』の一員としてインターナショナルGTオープンに参戦している根本だが、所属するVSレーシングが『トタルエナジーズ・スパ24時間レース』(8月1日決勝)への参戦を表明すると、666号車ランボルギーニ・ウラカンGT3 Evoのドライバーに選出された。

 激しいヨーロッパのGTレースで経験を積み、トップドライバーを目指す24歳の根本に、スパ24時間レースの現場で話を聞いた。

──日本人ドライバーが外国の自動車メーカーの育成ドライバーに選出されることはとても珍しいと思いますが、どのような経緯でランボルギーニの育成ドライバーに選出されたのですか?根本:現在僕がイタリアで所属しているVSレーシング(ヴィンツェンツォ・ソスピリ・レーシング)というチームが、2016年に日本でランボルギーニのフォーミュラの育成チームをやっていたのですが、僕が当時参戦していたチームとVSレーシングのメンテナンスガレージが偶然同じだったこともあり、チームは違うけれど近い距離にいたのです。

 当時のVSレーシングには篠原拓朗選手が所属していて、「イタリアでテストの機会があるよ」と声を掛けてくれたのです。僕自身が行き詰まりを感じていて、一度海外に出てみるのもいいかもしれないなと思い、篠原選手に着いていき、僕は自費でテストへ挑みました。

 偶然篠原選手から誘ってもらって受けたテストだったのですが、調子がよくて、その年の後半からイタリアGTのサポートレースであるイタリアGTカップにスーパートロフェオのマシンで出場する機会をVSレーシングから頂けて、そこで6戦中4勝を挙げることができました。

 それがきっかけでランボルギーニが興味を示してくれました。翌年(2017年)の『ランボルギーニ ヤングドライバープログラム』の育成ドライバーに加入することができ、スーパートロフェオで研鑽を積む機会を頂きました。

 2018年はいったん日本でF3選手権に参戦していたのですが、2019年にはイタリアに戻り、2020年には『ランボルギーニGT3 ジュニア・プログラム』に選出されたのを機にGT3マシンへスイッチし、イタリアGTのプロクラスでシリーズチャンピオンを獲得し、今年はスパ24時間レースにはGT3で初めての参戦となりました。

■ゴマ油があれば完璧

──チーム関係者と英語やイタリア語を流暢に話している姿を見掛けますが、語学はどのように習得されたのですか?根本:仕事の関係で英語を話す父が、その重要性を一番理解していたので、僕を幼少の頃から米軍基地内の英会話教室に通わせてくれていました。途中、辞めてしまった時期もあるのですが、その後通った中高一貫校は英語教育に力を入れている学校でしたので、そこで基礎を学んでヨーロッパへ向かいました。

 VSレーシングはイタリア人が大半なのですが、ドライバーは多国籍出身者で英語が第一言語ではない者ばかり。英語の基礎はあってもあまり話せなかった僕は、彼らから随分助けてもらいました。間違いを恐れず積極的に話すことが上達にもつながったと思います。

 英語を習得する時はそれだけでいっぱいいっぱいだったのですが、徐々に支障がなくなって、イタリア語も少しずつ習得を心掛けているところです。

スパ24時間(シルバーカップ)に出場した666号車 ランボルギーニ・ウラカン GT3 エボ(バプティスト・ムーラン/根本悠生/マーティン・ランプ/グレン・ヴァン・ヴェルロ)

──欧州をベースにレース活動をされていますが、イタリアでの生活はどのような感じでしょうか?根本:基本的にランボルギーニの本社付近かチームのファクトリー近辺で生活をしています。チーム監督の自宅敷地内にある、監督のご両親のお宅の二階がメカニックやドライバーの合宿所のような感じになっていて、そこの一室に住まわせて貰っています。

──イタリアでの一日の生活はどんな感じですか?根本:食事は基本的に自炊ですので毎日自分で食事を作り、ジムへ行ってファクトリーに行くという日々を過ごしています。

 僕が住む地方ではラーメン屋はないですが、日本レストランが結構ありますのでお寿司は外に食べに行けますし、特に日本食が恋しくなることもなく過ごせています。ラーメンが食べたい時はミラノにある日本人経営のおいしいラーメン屋さんに食べに行っていますね。家には醤油も味噌もありますが、ゴマ油が手に入りづらいので、これさえ手に入れば自炊生活も完璧かな、と思います(笑)。

──ヨーロッパ生活をエンジョイしながら、レース活動も精力的にできているという環境ですね。根本:やはり食事が美味しいのが、イタリアにエンジョイしながら住める大きな利点かと思います。また、通っているジムがチームのファクトリーの下の階にあるので、敷地内同居の監督と一緒にファクトリーへ出勤し、僕はまずジムに行き、トレーニングが終わったお昼ごろにファクトリーへ行って作業をするという充実した毎日を送り、年間三分の一はイタリアで生活をしています。

■欧州トップドライバーたちのすごさと刺激

──GT3マシンにも乗り始め、長年慣れ親しんだVSレーシングとヨーロッパを転戦しながらのレースキャリアですが、これからの目標は?根本:さまざまなレースで経験を積み、まずはランボルギーニのファクトリードライバーとなり、プロとして活躍できるようになることが第一の目標で、今後の僕のキャリアにも重要なことだと思っています。

 スパ24時間レースはもちろんのこと、数多くのビッグレースに参戦し続けること、そしてランボルギーニのオフィシャルドライバーとしての根本悠生を知ってもらえるようになることも、すごく重要な目標のひとつですね。

 ただ、それが最大の目標ではなく、あくまでプロドライバーとしての一つの目標ですね。たとえば、GT界ではメルセデスならラファエル・マルチェッロ、アストンマーティンならニッキー・ティーム、他ランボルギーニの先輩だとミルコ・ボルトロッティをはじめ、憧れる数多くのトップドライバーらと肩を並べられるレベルにならないと意味がないと思うので、僕の目指すところはそこですね。

──数多くのトップドライバーらと一緒に走れたスパ24時間ですが、彼らから学ぶことや刺激になることも多かったのでしょうか?根本:すでに何度か一緒に走ったドライバーも多くいるので、学ぶという点はあまりありませんが、彼らの走りからは刺激を受けますし、ものすごく影響を受けますね。もう刺激だらけと言っても過言ではありません。

 常に自分を強く持ってどんどん挑戦し続けないと彼らのレベルには到達できませんし、勝てません。スパで言えば、僕は彼らと常に1秒程は差がついている状態で、レースの組み立て方という意味でもトップドライバーやチームはレベルが違います。

 ドライバーだけがよくてもダメだし、チームだけよくてもダメ。そのバランスを見つけることがとても難しいと感じています。トップドライバーたちはどんなトラックやどんな天候でも常に速いので、僕にはまだまだ入り込めていない何かがあるのだと思いますし、刺激になり、尊敬する部分です。自分もいつかあのようなレベルに到達できるように頑張っている最中です。

──いまは新型コロナウイルスの影響やビザの取得の問題で難しいかとは思いますが、今後はイタリアに完全移住するというお考えもあるのでしょうか?根本:今後のランボルギーニとの契約次第でそれも充分に考えられると思いますね。

 アジア向けのファクトリードライバーの契約となれば、もちろんアジア圏内に住みたいと思いますし、ヨーロッパでのレースの活動がメインとなる契約ならばイタリア移住も考えられます。日本でレースの機会があるのならば日本にいますし、臨機応変に対応したいと思っています。

 イタリア生活は楽しく、自分にとっては合っていると思いますので、外国生活はまったく苦ではありません。

2021年トタルエナジーズ・スパ24時間 根本悠生

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