【東京パラリンピック】長渕剛の支えを胸に…パワーリフティング・56歳の三浦浩が明かした夢

三浦浩(左)と長渕剛

東京パラリンピック・パワーリフティング(26日、東京国際フォーラム)、男子49キロ級決勝が行われ、3大会連続出場の三浦浩(56=東京ビッグサイト)は、3回目に127キロを挙げたが、9位と入賞まであと一歩届かなかった。

音楽の世界からパワーリフティングの世界に飛び込んだ。小学校6年でギターに出会うと、学生時代は音楽に熱中。高校卒業後は民間企業に就職するも、数年で退職した。その後、音響関係の専門学校を経て、長渕剛や大黒摩季らのコンサートスタッフとして活躍していた。

ところが、2002年4月にステージ上での事故で脊髄を損傷。「足がなくなったと思った。なんか感覚がなくなってしまった」。心配した長渕は、三浦に「どうしているんだ? 早く戻ってこいよ」と電話をし、転院先も紹介してくれた。サポートを受けた三浦は「入院しながら仕事への復帰を目指した」とリハビリに励み、半年後には車いす姿で現場に復帰。さらに、2004年アテネ大会のパワーリフティングの記事を見たことがきっかけで、競技人生をスタート。長渕の後押しもあり、コンサートスタッフ時代に何度も足を運んだ東京国際フォーラムに選手として帰ってきた。

この日は16年リオ大会の5位を下回る結果となったが、最後はステージ上で「ありがとう!」と叫んだ。これ以上ない充実した表情を浮かべたが、まだまだ現役を全うする覚悟だ。

かつて本紙に自身の引き際ついて語っていた。

「年齢の壁を越えたい。基本的に55歳を超えていたら引退かもしれないが、辞めるのは簡単なこと。(28年の)ロサンゼルス大会がちょうどみんなが定年するころ。だから定年までは現役の選手でいたい気持ちがありるし、願わくは70歳になったら、もう一個次のパラを目指したい」

周囲はもう56歳と思っているかもしれない。ただ、三浦にとってはまだ56歳。さらなる高みへ、ここで立ち止まるつもりはない。

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