『ブレーキング中に、燃料ポンプを止めろ』手探りで難題解決に挑んだトヨタの執念/村田WECチーム代表会見

 WEC世界耐久選手権に参戦するトヨタGAZOO Racingは8月27日、村田久武チーム代表のリモート形式での会見を行い、8月21〜22日に開催されたシリーズ第4戦『第89回ル・マン24時間レース』でのワン・ツー・フィニッシュを総括するとともに、レース中に発生したトラブルとその対応の舞台裏などを明らかにした。

 2012年にハイブリッド・レーシングカーでル・マンの最高峰クラスに復帰してから10回目の参戦となった今年、トヨタは新規定『ル・マン・ハイパーカー(LMH)』に合致した新型車両『GR010ハイブリッド』を、WEC/ル・マンの『ハイパーカー・クラス』に投入。

 開幕戦スパから3連勝を挙げて迎えたル・マンでは、7号車GR010ハイブリッド(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペス)が優勝、8号車(セバスチャン・ブエミ/中嶋一貴/ブレンドン・ハートレー)が2位に続き、ワン・ツー・フィニッシュを達成している。

 2012年の参戦当初はハイブリッド・プロジェクトリーダーを務め、その後チーム代表へと立場を変えてこのプロジェクトに関わり続けてきた村田氏は、「何年か前の自分たちだったら、勝てなかったと思います」と今年のル・マンを総括した。

「最初のスタート直後の接触と、そのあとの雨からドライへという変移時期、そしてLMP2との接触というあたりでは、昔の自分たちのクルマの作りであれば、中破・大破してピットインしてしまい、順位を落とすこともあっただろうと思います」

「また、最後の6時間の燃料フィルターの問題にしても、あそこでピットインして修理していたらワン・ツーは達成できていなかった。ひとつ間違えば、表彰台にも登れないようなところを切り抜けてきました。何年か前、もしくは(2012年に)参戦した頃の自分たちだったら、今回のような結果は得られなかったと思います」

「毎年毎年、ル・マンの神様は参戦するチームにこういった課題を与えます。自分たちも10年10回、毎年課題を与えられて、それに愚直に、真摯に対応してきたから、今回のワン・ツーという結果になったのかなと思います」

レース序盤、接触に見舞われた8号車GR010ハイブリッド

 最後の6時間になって2台のクルマに発生した燃料系統のトラブルの要因については、「まだガスバッグ(燃料タンク)は解体できていない。だから、本当のところはまだ分からないんですが」と前置きしたうえで、次のように詳細を説明した。

「レース中に起きている事象をみる限り、燃料ポンプは動いていて、おそらくはその入り口であるフィルターが詰まっているのだろうといまは想像している、というのが正確なところです」

「タンクの中には、横Gがかかっても燃料を汲み上げられるように何個がポンプを入れていて、そこから汲み上げた燃料を一度コレクタータンクに入れて、そこからまた吸っています。その(いずれかの)ポンプの吸い口に付いている、フィルターが詰まっているのではないかと思っています」

 第3戦モンツァで発生した、燃料汚染(コンタミネーション=異物の混入)と同様かと問われると、「まだ開けていないので断言はできませんが、おそらくそうだと思います」と村田氏。

 村田氏によれば、モンツァでは「アルミがアルコールに溶けて」それがフィルターの詰まりを起こしていたという。モンツァ戦前に燃料系統において交換していた部品があったことから、チームはそれを元に戻してル・マンに挑んだ。しかし、モンツァ戦と同様の事象、すなわち燃圧の低下が、ル・マンでも起きてしまったという。

「タンクを開けてフィルターを見てみて、前回と同じ物質があるのであれば、どこかでまたアルコールにやられている部分があるのかもしれない。そこは開けてバラして、もう一回真因を探る、というのがいまの状況です」

■チャット上で開かれた即席の対策会議

 この燃圧低下という現象は、レース残り6時間、まずは2番手を走る8号車で顕著に見られ、その後トップの7号車にも発生した。マシンをガレージに入れて修復(交換)をするとなると作業には30分ほどを要す。それは後続のライバルに首位を明け渡すことを意味していた。

「チーム内の誰もピットインさせようとはしなかった。なんとしても優勝するぞ、優勝するためには何をすればいいのか、と考えていました」と村田氏は振り返る。

「エンジン・エンジニアが燃圧のデータをモニターしていると、(グラフ上で圧力が下がる)“ヒゲ”が出始めるので、兆候自体はだいぶ前からつかんでいました。8号車の方が進行が悪く、症状がひどくなっていきました」

 GR010ハイブリッドの燃料タンクはTGR-E(旧TMG)設計だが、その設計担当者はル・マンにはおらず、現場で解決するしかない。しかも、可能な限り速やかに。タンク内の燃料を使い切れないことから、8号車のピットイン間隔はどんどん狭まっていっていた。

 レースを進行させながら、トヨタのピット裏では電気系モニター設計者、空力設計者、制御設計者、パワートレーンのエンジニア、車両のチーフデザイナーまでを交えて、チャット・システムを使って即席の“対策会議”が開かれていた。

「そのなかで、『これは恐らくフィルターの詰まりだ。燃料ポンプが動いていると、(不純物は)へばりついたままなので、ポンプを止めてみたらどうか』って言い出したエンジニアがいたんです」と村田氏は“打開策”が生まれた背景を振り返る。

「だけどエンジンはずっと回っているわけで、そうするとブレーキングしている時にしか(ポンプは)止められないんですよ。そこでドライバーにブレーキの踏み方を変えてもらおう、といった話が出てきました」

「誰かがジャストアイデアを出し、それを受けて構造を理解している人間が『こういう手があるんじゃないか』『こういうことを試してみよう』と、(対応策を)どんどんその場で作っていきました」

 一連のアイデアが一度まとまった時点で、症状のひどかった8号車をドライブ中のブエミに手順を伝え「燃料ポンプを止めてみてくれとか、ブレーキの踏み方を変えてみてくれ、というのをずっと試しているうちに、燃圧が下がらなくなりました」という。

 その後もう1スティント、さらにブエミがエンジニア陣のアイデアを試す走行を実施。「それでだいたい行けそう、となったんですが、レースをやりながらなので、次のドライバーもピットウォールのところに立って、その会話や作業を見聞きしながら」次のスティントに備えていたという。エンジニアと8号車が生み出した対応手順は、7号車にも伝えられていった。

 以降、ドライバーたちは毎ラップ、「ほぼ毎コーナーで」(中嶋一貴)、スイッチ類を操作しながら、フィニッシュラインへとマシンを運んだ。

「だから、何かがシステマチックに動いたというよりは、なんとかしてこれを切り抜けよう、生き抜こうという状況のなかで、みんなで手探りで対応したというのが実際のところです」

「いったんはそれで通常のスティントを走れるようになったのですが、まだ6時間もあったので、やっぱり症状はどんどん悪化していく。そうすると一番最初に編み出した手法では足りなくなり、その後もずっとチャットしながらいろんなアイデアを出して、生き抜いていきました。自分も最後の10分くらいまではあそこ(ピットガレージの表側)に立つ気にはなれなくて、ずっと裏でモニターしていました」

「8号車が(対処法を)編み出してくれなかったら、7号車は優勝できなかった。セブ(ブエミ)が一発目の希望の火を灯さなければ、この勝利はなかったと思います」

最初にトラブルが悪化し、対処法を試したのは2番手の8号車だった

 過去、さまざまな技術面でのトラブル、そしてオペレーションなどソフト面でのミスによってル・マンを落としてきた経験を持つトヨタは、近年も“意地悪テスト”と呼ばれるような、トラブル対応をメニューに盛り込んだ耐久テストをこなしてきていた。

 だが村田氏によれば「たとえば『フロントモーターが壊れたから交換しろ!』というトレーニングはしているのですが、どうしたらいいのか分からないような問題をチームに出し、それを解くというのはやったことがなかった」という。

「今回は、どうしたらいいのか分からない問いを、レース中に解かなければならなかった。だから本当に、強くなったなと思いました」

■“ランデブー”と同時にピットに広がった象徴的な光景

 残り10分、2台が最後の燃料補給を終えてランデブー走行に入ったところで、村田氏はようやくテレビカメラに映り込む、ピットガレージの表側に立った。そこで、今回のレースを象徴するような出来事が起きたという。

「普通、優勝するときって、その優勝するクルマのドライバーが(中央に)いて、優勝できなかったドライバーたちは少し離れたところにいる、というのがよくあるパターンなんです」

「今回、自分が立っていたら、右隣にマイクが来て。マイクがすごく緊張していたので、その隣にブレンドンが立って肩を抱いていた。自分も肩を組みました。自分の左隣には、裏にいるときから緊張で手足が震えていたホセが来て、その向こうにセブが肩を組み、本当に7号車と8号車が一体となった状態で、ゴールに帰ってくるクルマを待つ、という感じでした」

レース残り数分、トヨタのピット内で肩を組む村田チーム代表と2台のドライバーたち

「今年の勝利は、本当にみんなで勝ち取ったんだっていう空気がありました」

「ピットでのそんな光景も、走っている可夢偉と一貴の気持ちも、ゴール後にお互いを讃え合うという行為も、自然と出てくるものなんです。ル・マンの現場ではル・マン・スピリット、あるいはエンデュランス・スピリットとよく言いますが、長ければ長いほど、チームワークやチームのなかの一体感は出るのかなと思います」

 モニター越しの村田氏の表情は、最後まで締まったものだった。もちろん、トラブルの真因を突き止めることへの責任感がそうさせている部分もあるのだろう。だが、またしてもこのレースが与える想定外の試練と対峙したことで、ル・マンに対する畏怖の念をいっそう強くしているようにも見えた。

ル・マン後、TGR-Eに戻った優勝車両の7号車と、チーム首脳陣

© 株式会社三栄