戦後のブラジルで日本移民を二分した「勝ち負け抗争」の真実、葉真中顕『灼熱』発売決定!

2012年、 介護現場の厳しさを描いた『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しデビュー、 『絶叫』では一人の女性の壮絶な半生を通じて現代社会の闇を抉り出し、 『コクーン』ではカルト教団の起こした事件を、 『Blue』では平成元年に生まれた無戸籍の男の生涯を通じて平成という時代が孕んだ社会問題を描き出すなど、 社会派ミステリーの旗手として注目を集める作家、 葉真中顕。 『絶叫』『コクーン』はそれぞれ吉川英治新人賞の候補となり、 また2019年、 アイヌ出身の特高刑事を主人公とした『凍てつく太陽』で大藪春彦賞、 日本推理作家協会賞をW受賞するなど、 業界でいま、 最も活躍が期待される作家のひとりでもある。そんな葉真中が5年をかけ取り組んだ渾身の大作『灼熱』を9月24日、 新潮社より刊行。 今作のもとになっているのは、 戦後のブラジルで実際に日本移民の間で起こった事件「勝ち負け抗争」。 一見、 時代も場所も、 現代日本から遠く離れたテーマのように思えるが、 実はそこには、 今の日本にも通じる、 人間社会の普遍的な問題と葛藤が横たわっている。 今、 なぜこの事件を描こうと思ったのか。 葉真中は次のように語った。

「我々人間は、 一言でいえば『信じたいものを信じてしまう』生き物です。 戦後、 日本の正確な情報の入手が難しかったブラジルの日本移民の間では、 第二次世界大戦に日本が“勝った”というフェイクニュースが駆け巡りました。 戦局もよいと伝えられていたため、 およそ9割の人がそれを信じたと言われています。 対して、 少数ながら敗戦を認識した層もありました。 両者は激しく対立し、 やがて23人もの死者、 多数の負傷者を出す大抗争に発展してしまいました。 背景には、 もちろん当時の情報伝達の問題があります。 現代であれば、 正しい情報が世界中に素早く伝達され、 間違った情報もすぐに訂正されるでしょう。 ただ一方で、 今も当時と変わらない問題は起こっていると感じます。 世界中で分断と格差が拡大し、 コロナについてフェイクニュースが行き交っている。 どんなに情報化した社会であっても、 です。 それは、 誰にとっても決して他人事ではないはず。 とくに、 自分自身に『自明なもの』としてインストールされてしまっている見方や価値観を疑うには、 多大なコストがかかります。 私自身、 その問題に向き合いながら、 自分なりの誠実さをもって、 このテーマに挑戦したいと思いました」

そもそも『勝ち負け抗争』に興味をもったきっかけは、 当事者の声だった。

「2016年にラジオで、 暗殺事件を起こした当事者の最後の生き残りである日高さんがこの事件について語られているのを聞き、 いつか書いてみたいと思いました。 ただ、 何の知識もない自分がいざ書くとなれば相当な勉強と取材が必要だろうと思い、 しばらく尻込みしていました。 ところが、 いろいろな巡り合わせが重なり、 2017年、 腹を括って取り組んでみようと覚悟しました。 その後、 多くの資料を読み込み、 ブラジルにも直接取材に行くことができました。 執筆中、 トランプ前大統領の支持者が米連邦議会議事堂を襲撃する事件が起こった時は、 現代でも、 思想の分断や信じるものの違いが実際に血が流れるような抗争に繋がってしまうのだと呆然とするような思いでした。 コロナ禍において日本でも、 ワクチンを打つべきか打たざるべきか等、 様々なニュースが飛び交っている今、 この本を出版することになったことに、 非常に大きな意味を感じています」

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