「日本一パラリンピックを語れる女子アナ」久下真以子が見据えるパラスポーツの“未来”

久下アナの印象に残った木村敬一の金メダル(ロイター)

東京パラリンピックが13日間の日程を終えて5日に閉幕した。日本は金13個を含む51個のメダルを獲得して大きく躍進した。本紙は「日本一パラを語れる女子アナ」として知られるフリーアナウンサー・久下真以子(36)を直撃。現場取材を通じて印象に残ったシーンをはじめ、パラアスリートの魅力、さらには自身が考えるパラスポーツ界の未来についても熱く語った。

――東京パラリンピックが閉幕した

久下アナ(以下、久下)なんか寂しいですね。終わってしまったなって感じです。でも本当に開催できて良かったです。

――大会を振り返って

久下 いろんな声はありましたが、想像以上に反響がありました。ツイッターなどでも「車いすラグビー」がトレンド1位になったり「試合見たよ」とか「見ているよ」って連絡もたくさん来ました。やっぱり五輪・パラリンピックの力って大きいなと思いました。

――現場取材で印象に残ったシーンは

久下 競泳男子の木村敬一選手ですね。泣いている姿を見て、本当に(100メートルバタフライで)金メダルを取れて良かったなと思いました。インタビューでは「頑張ってきたこの日って本当に来るんだなって思った。特にこの1年はいろんなことがあって、この日は来ないんじゃないかなって思ったこともあった」と話されていた。それが全てを表しているなと思いました。

――何が表されていると感じたのか

久下 大会の1年延期は、アスリートの方々にとって本当に長いトンネルだったと思う。努力は必ず報われるじゃないですが、木村選手のインタビューを聞いて、コロナで私だけじゃなくてみなさんもしんどいと思うんですけど、頑張ろうという気持ちをもらえましたし、木村選手から絶対光が差す日は来るということを教わりました。

――パラの魅力が詰まったシーンだった

久下 何らかの障がいがあるからと見てほしくはないが、やっぱり何かしらの制限があるじゃないですか。その中で自分の残された能力、可能性をどうやって引き伸ばしていくかというところがパラリンピックの特性だと思う。それはすごいメッセージ性があって、私たちも今はコロナでさまざまな制限があるが、どうやって生きていこうかなというヒントをくれる気がしました。自分の力では及ばないことがどうしてもありますが、今自分が100%できることは何かということを考えさせられました。

――今大会は盛り上がりを見せたが、あくまでも「ゴールではなくスタートだ」との声もある

久下 このままで終わりたくはないですよね。今大会を今後につなげていかないといけない。それはメディアも各連盟もそうだし、このチャンスを離さないつもりでやっていかないといけないと思います。日本車いすラグビー連盟のツイッターはフォロワーがすごく増えたので、このタイミングで今後の大会日程や選手、ボランティアを募集するツイートをしています。そのおかげで問い合わせが殺到しているんですよね。なので、火のついた状態になった今のタイミングで次のアクションを起こすことが大事だと思います。

――久下アナ自身も企画していることがある

久下 今大会は(パラスポーツ専門メディアの)「パラフォト」で動いていて、そこのメンバーみんなで横浜で行われたパラトライアスロンの国際大会の際に、地元の子供たちを集めて選手たちにインタビューをする機会を設けたんですよね。今年はコロナでオンラインでしたが、一昨年は現地でやりました。子供たちがしゃべったアスリートや記事を書いたアスリートがパラリンピックに出るとなると興味が湧くじゃないですか。スポーツに限らず、知っている人がテレビに出ていたら応援するだろうし、その親近感を増やしていきたいなと思います。

――今後はよりパラスポーツが社会に浸透してほしい

久下「どんなルールですか?」と大学で授業をした際とかによく聞かれるのですが、とりあえず見てみようみたいな感じになったらうれしいです。入り口はなんでもいいので、楽しく見てくれたらいいなって思っていました。それが今大会ようやく周りで起きて、すごくうれしかったので、これからも続いてほしいですね。

☆くげ・まいこ 1985年8月31日生まれ。大阪府出身。四国放送、NHK高知放送局、NHK札幌放送局を経て、2015年よりセント・フォースに所属。18年からは知人の紹介もあり、パラスポーツ専門メディア「パラフォト」でパラスポーツの取材・執筆活動を本格的にスタート。18年アジアパラ競技大会には、自費でインドネシアまで足を運んだ。現在は多くのパラアスリートと交流。不定期で通称「久下会」を開催している。将来の夢はパラに関する本を出版すること。162センチ。

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