【ローズS】全てのホースマンと競走馬に〝敬意〟を持って 母の想いを背負ったアールドヴィーヴル

皆の想いを背負ってローズSに出走するアールドヴィーヴル(東スポWeb)

競馬記者になる前、私はテレビでたまに見るジョッキーさんが馬を育てていると思っていました。

唯一知っていた馬・ディープインパクトはなんならお産から武豊さんが取り上げたくらいのイメージ。トレセンという施設を知りそれが間違いだったと知りましたが、この環境で毎週取材をしていると、一頭の馬にどれだけの人の思いが、汗が、魂が注ぎこまれているかを痛感します。

オーナーさんから預かった命と毎日向き合い、さらに毎週末〝勝ち負けを強いられる〟とはどういうことなのか。競走馬という生き物のギリギリの繊細さをこの数年で学んできただけに、私は競走馬に関わる全てのホースマンの皆さまを、その仕事を、尊敬しています。

「夏がいい休養になったようで、この中間はカイバをしっかり食べてくれるようになりました。普段は女の子らしくて、すごく可愛いんですよ」

そう言ってローズSに参戦するアールドヴィーヴルを紹介してくれたのは、今野厩舎の櫨山助手。お父さんが橋口弘次郎厩舎の攻め専だったそうで、「親父の背中を見てこの世界を目指しました」と教えてくださいました。

アールドヴィーヴルはちっちゃな身体でも最後にすごい脚を使って追い込んでくる女の子というイメージを持っていた私。気持ちも勝ち気なんだろうなと思っていたのですが、厩舎で見せていただいた彼女は〝超癒し系〟で、櫨山助手にすり寄っていく様子から、きっと普段から可愛がりまくられているのだろうと想像できました。

「苦労してきたところ…と言えばやはりカイ食いですね。お母さんのイサベルとそっくりみたいで、角居厩舎時代に彼女をよく見ていた辻野調教師は、アールドヴィーヴルのことをよく気にしてくれているんです。他厩舎の馬っていわばライバルじゃないですか。だから嬉しかった」

イサベルは名門・角居厩舎の中でも、相当に期待されていた素質馬だったと聞きました。志半ばで引退となりましたが、今は繁殖牝馬としていい子を次々と産んでくれているお母さん…。私は彼女の現役時代を知らないので、辻野調教師を直撃してみました。

「そうなんです。すごくカイ食いに苦労した子で、アールドヴィーヴルを見たときにそっくりだなと思って。でもこの中間はしっかり食べてくれているようで、良かったなあ、頑張ってほしいなという気持ちです」

イサベルの名前を出した途端、顔がほころんだ辻野調教師。本当に思い入れの強い子だったんだな、と実感しました。

「イサベルとアールドヴィーヴルのオーナーさん(近藤英子オーナー)は競馬に対して信念を持っておられる方で、ズバ抜けているはずのポテンシャルをなかなか出し切れないでいるイサベルが4歳の時点で繁殖にあげることを決断されました。最後のレースは1600万下とはいえ、身体を減らしながらあのネオリアリズム(後に海外GIを制覇)の2着ですよ。能力が出せていたらどれほどまでになったんだろう、と今でも思います」

〝食べない子に食べさせる〟というのは想像以上に大変だそう。牝馬は特に調教を重ねていくとそうなってしまう子がよくいますが、「その中でも食べてくれる食材、というのはあるんですよ。ただ、食べるからといってそれだけを与えてしまうと栄養が偏り、体は出来てこない。かといって栄養バランスを良くすると食べてくれない。本当に難しくて、担当者も頭を悩ませるところです」と辻野調教師。イサベルを繁殖に上げることが決まったときも、きっと角居厩舎の方々は、もどかしく悔しい想いをされたんだろうな。

「力を出させてあげられませんでしたから。でも、イサベルはお母さんになって、その才能を子供たちに受け継がせてくれていると思います。アールドヴィーヴルに、吉岡厩舎のアカデミー、うちには今フアナがいて、その下にはロードカナロアとの子サファイアがいますね。どの子もすごくいい馬。やはりオーナーさんの決断は間違っていなかったのだと思いますし、イサベルが取れなかった重賞のタイトルを子供たちで取れたら…それほど嬉しいことはないです」

だから今週のアールドヴィーヴルのこともすごく応援しています、と笑って話してくださった辻野調教師。櫨山助手が仰ったように、厩舎同士というのはライバルです。でも、同じホースマンである以上、馬に対する想いを共有されている。そういう想いもすべてひっくるめて、競馬場での熱い戦いは繰り広げられているんだ…。そう強く感じたエピソードでした。

最後にもう一度言います。私はホースマンの皆さんを、その仕事を、それを乗せて全力で走る馬たちを、心から尊敬しています! お母さんの想いを背負って、アールドヴィーヴルの能力が花開いてくれますように。

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