“大人向け”韓国ホラーアニメ『整形水』が世界の映画祭で評価された理由は?

チョ・ギョンフン監督の情熱、STUDIO ANIMALの手腕

独特の作品世界で観客を引き付けるアニメーション映画『整形水』の生みの親は、チョ・ギョンフン監督と彼が率いるSTUDIO ANIMALのスタッフたちだ。20年以上になる彼とスタジオの歩みは、まさに韓国アニメーションが歩んできた苦難の道のりに重なる。

チョ・ギョンフン監督は、韓国の民主政治と海外文化解放が動き出した90年代、自主制作アニメーションのワークショップをきっかけに、アニメの世界に入門。自主制作サークルからSTUDIO ANIMALを設立して、CMやゲームのアニメーションパート、日本のテレビシリーズ「うちの3姉妹」の共同制作などで実績を積んできた。

また、韓国では数少ないOVA(オリジナルビデオアニメーション)「ゴーストメッセンジャー」を成功させるなど、企画制作にも定評がある。華やかで品のある色彩デザインが特徴的なその作風は、前半でも書いたとおり、本作で存分に発揮されている。

映画『新感染/ファイナル・エクスプレス』を大ヒットさせたヨン・サンホ監督も、『整形水』を激賞している。彼はチョ・ギョンフン監督と同時期にアニメーションに入門しており、『新感染…』の前日譚である『ソウル・ステーション/パンデミック』や『豚の王』『フェイク〜我は神なり』などを手掛け、早くから大人向けジャンルを開拓してきた存在だ。

ヨン・サンホ作品が、主に男性の視点から社会の不条理と残酷さを描いてきたなら、本作は、その視点を女性に変えてみるとどうなるか、試みた作品とも言えるだろう。 

世界の映画祭で好評を博したワケ

最初は中国市場をターゲットにした企画であったという本作は、その狙いどおり、海外のアニメーション関係者から、大きな注目を浴びることになった。世界三大アニメーション映画祭の1つであるフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭や、日本の新千歳空港国際アニメーション映画祭など各国の映画祭でコンペ部門に選出または招待上映され、すでにシンガポールなど複数の国と地域で劇場公開されている。

海外、特にヨーロッパのアニメーション・シーンでは、社会的なテーマに切り込む“大人向け”アニメーションが、子ども向け作品とは別個のジャンルとしてファンを集めている。実際の事件や歴史を扱った、ドキュメンタリー形式の作品も少なくない。社会問題を映像化する一つの手段として、アニメーションも実写に劣らぬ説得力を持つ、という認識が定着している。

世界市場で本作が支持されたのは、アニメーションでは珍しいサイコホラー作品であることはもちろん、「大人の見る作品」としての完成度が高く評価され、その問題提起が多くの共感を集めた点も大きいだろう。

被害者vs加害者では括れない、現代社会の病巣を重層的に表現

女性への容姿差別をテーマにしたシンプルな展開なのかと思わせながら、ストーリーが進むにつれ、ネットでの誹謗中傷やパワハラ、女性から男性への差別など、現代社会の病巣を重層的に表現。チョ・ギョンフン監督も「女性の描写が男性目線に偏らないよう、女性スタッフから意見を求めて作品に反映させた、ジェンダーに関するさまざまな議論も考慮しながら慎重に制作した」とインタビューで述べている。

映画終盤にかけての展開では、容姿至上主義のもたらす悲劇だけでなく、そこに女性嫌悪とフェミサイドの影が現れ、さらにクライマックスのどんでん返しが、誰が被害者で加害者なのかも混乱するほど、人間の深い業をこれでもかと見せつけてくる。アニメーション『整形水』は、新しい価値観を求めながら揺れる現代社会で、アイデンティティの危機を感じながら窮屈に生きている人々に、ホラーという形を借りて寄り添う作品なのかもしれない。

『整形水』全国ロードショー中!©2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.

Text:田中恵美(ライター・編集者)

Edited:野田智代(編集者、「韓流自分史」代表)

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