知的障害がある球児も甲子園に… 「どうやればできるか」に挑戦する教諭の思い

著書『甲子園夢プロジェクトの原点』発表記者会見に出席した久保田さん(右)とプロジェクトをサポートする荻野さん【写真:編集部】

都立青鳥特別支援学校教諭・久保田浩司さんが記した「可能性」の物語

「甲子園夢プロジェクト」をご存じだろうか。知的障害のある球児も甲子園を目指すチャンスが得られるようにサポートしようという活動で、2021年3月6日に発足。発起人として立ち上がったのは、東京都立青鳥特別支援学校主任教諭の久保田浩司さんだ。

日体大では硬式野球部で白球を追った久保田さんは、都立高校で硬式野球部の監督になりたいと願い、教員採用試験を受験。見事合格したものの、最初に赴任したのは養護学校(現在の特別支援学校)だった。養護学校の教諭としてキャリアを重ねる中で、知的障害のある子どもたちにソフトボールを指導し始めると、生徒たちが持つ可能性に驚かされたという。

「生徒たちの中には、とてもレベルの高い選手もいました。2006年には健常者のチームに勝利したほどです」

知的障害があるからルールは理解できない。バットとボールを使うなんて危険だからできるはずない。そう決めつけているのは、周りの大人たちなのではないか――。そう強く感じたという。

ソフトボールをする生徒の中には野球が大好きで甲子園に憧れる子が何人もいた。そして自身の胸の奥には「生徒たちと一緒に甲子園を目指したい」という想いが消えぬままある。久保田さんは新設校で硬式野球部を作ろうと奮闘したが、それも叶わず。だが、熱意が消えることはなかった。

縁あって2011年から8年間、千葉・柏に拠点を置く社会人硬式野球クラブチーム・YBC柏で監督を務めた。クラブチームで指揮を執る一方、特別支援学校に通う子どもたちが甲子園出場にチャレンジするチャンスを与えたいという想いは募るばかり。「どうしたらいいだろう」という気持ちを周囲に相談し、アドバイスを受けるうちに1つのアイデアが形作られた。

甲子園に憧れる知的障害のある子どもたちの想いを学校で叶えられないなら、学校外の活動として全国の硬式野球をやりたい知的障害のある子どもたちを集めてみよう。

こうして始まったのが「甲子園夢プロジェクト」だった。

元ロッテ荻野さんもサポート「上手い子もいてビックリ。何よりみんな楽しそう」

3月6日に発足記者会見を行い、連絡先として自身の携帯番号を掲載してくれるようにメディアに依頼。すると、その日のうちに愛知県に住む生徒の保護者から電話を受けた。「正直なところ、誰からも連絡が来なかったらどうしようと不安でたまりませんでした。それだけに電話をいただいた時は、うれしかったと同時にホッとしましたね」。翌日にも1件、その翌日にも1件……。ほぼ毎日のように電話が鳴り続け、最終的には11人の志願者が集まったという。

3月27日に都内近郊で行われた第1回練習会には、元ロッテの荻野忠寛さんも参加。荻野さんは何よりもまず「上手い子もいてビックリしました。何よりも、みんな楽しそうに野球をしていました」と振り返る。障害の程度や野球のレベルは参加者によって様々。そこで練習メニューは個々でカスタマイズしながら、みんなで野球を楽しむ時間を共有した。

荻野さんは引退後、「スポーツをより価値あるものにしたい」と野球に限らず幅広くアマチュアスポーツの発展に力を注いでいる。「日本のスポーツは競技に特化されています。でも、本来スポーツとは、できる人のためだけではなく、やりたい人のためにあるはず」という想いが「甲子園夢プロジェクト」に共鳴。YBC柏を通じて知り合った久保田さんの活動に協力するようになった。「知的障害のある子どもで硬式野球をやりたい子がいるのであれば、その舞台を作るのが大人の役目」と言葉に力を込める。

4月にはオンライン合同練習、6月には都内近郊で合同練習を行い、直近では10月2日に千葉県で合同練習を行った。現在は7都府県から18人の参加者が集まっている。

大人が可能性を潰さないように「どうやればできるかを考えよう」

教員生活34年目の久保田さんは、これまで知的障害のある子どもたちと経験した成功、失敗、苦労、喜びなど全てを踏まえ、1つのモットーにたどり着いている。それが「どうやればできるかを考えよう」だ。

「子どもたちの障害や理解度の程度に差があるのは事実ではありますし、硬式球を使うことが危険だと心配する気持ちも分かります。ただ、それはやり方次第。硬式球でのキャッチボールが危険であれば、まずはネットスローから始めて、ある程度できるようになってからキャッチボールに進めばいい。打席に立った後にバットを投げたら危ないというのであれば、打席の横に円を描いて『バットはここに置いてから一塁へ行きましょう』と言えば、子どもたちはそうします」

何かをやりたいという子どもの意欲をサポートせず、「できない」「できるはずがない」と経験させずに済ませるのは、教える側にとって容易い選択だ。だが、大人が「どうやればできるかを考える」という発想を持つだけで、子どもたちには「できる」「できた」という経験が積み重なり、大きな自信を育むことになる。

久保田さんには目標がある。まず年内に「甲子園夢プロジェクト」の練習会を、健常の高校球児と合同で行うことだ。「合同練習会の次には、ぜひ練習試合をできたらと思っています」。来年には、現在勤務する都立青鳥特別支援学校として東京都高野連の加盟を目指すため、申請準備にも取りかかる予定だ。もし加盟が承認されれば、連合チームとして都大会に出場できる可能性が見えてくる。そして「最終的には全国の特別支援学校が各地で硬式野球部を作って高野連に加盟し、地方予選に出場するまでの道を作っていきたい」と話す。

「パイオニア精神を持って進みたい」と目を輝かせる久保田さんは、その想いを1冊の本にしたためた。それが『甲子園夢プロジェクトの原点』(大学教育出版・10月15日発売)だ。活動が立ち上がるまでの日々が綴られた著書には、ソフトボールを指導していた時に知的障害のある子どもたちと交わした実際のやりとりを、きれいごとだけを抽出せずに赤裸々に記している。

活動は始まったばかり。壮大すぎる夢という声も聞こえるが、それでも「どうやればできるか」を考えながら、自身も一歩ずつ前に進んでいく。

久保田浩司さん著書『甲子園夢プロジェクトの原点』
発行:大学教育出版(https://www.kyoiku.co.jp
発売日:2001年10月15日
定価:1800円(税別)(佐藤直子 / Naoko Sato)

© 株式会社Creative2