「伝統なんとか残したい」 失われゆく『アゴ焼き』の風景 新上五島

アゴ焼きをする石田町長(中央)、寛子さん(右)、将吾さん(左)=新上五島町

 長崎県新上五島町では、アゴ(トビウオ)漁がたけなわだが、島の秋の風物詩「アゴ焼き」をする家庭は減っている。この時季になると、料理のだしに使う「焼きアゴ」を1年分作って保管するのが風習だった。島のあちこちにアゴを焼く香りと煙が立ち込めていたが、今では探し歩いてもなかなか見掛けない。
 町民がアゴ焼きをしなくなった最大の理由は手間暇が掛かること。4、5年前のアゴだしブームの際、大手メーカーが大量にアゴを買い付け、価格が5倍近くに高騰。町民もその価格では手が出せず、「アゴ焼き離れ」に拍車を掛けた。今では市販のアゴだしパックなどを購入する家庭が少なくない。
 「今でもアゴ焼きをする家がある」。地域の人にそう聞いて、訪れた先はなんと石田信明さん(66)の自宅(有川郷)。町長である。庭で妻寛子さん(63)と長男将吾さん(38)の3人で奮闘していた。
 どんなふうな手順で作るのか。町長によると、朝から仕入れた2箱(1箱約13キロ入り)のアゴを丁寧に洗い、鉄串で頭近くを横並びに刺していく。次に、もう1本の鉄串で尾近くを下から支えるように添えて焼き台に載せる。
 炭火の火力を調整しながら腹側から焼き始め、焦げ目が付いてきたら、くるりと返して背側を焼く。1串につき10匹ぐらいで、約10分で焼き上がる。それを網に並べて天日干し。好天に恵まれたこの日で作業時間は4時間ほどだった。
 その後、夜露を避けて屋内で乾燥させ、天日干しを5日間ほど繰り返す。そうすることで水分がなくなってカラカラの状態になる。こうして1年保存できる焼きアゴが完成するのだという。
 石田家のアゴ焼きは今年2回目。出来上がったものの約半分は、毎年楽しみに待っているという島外の親戚や友人らに送る。寛子さんは「好みの焼き加減にできるのが魅力。焼き方で風味が全く違う。大きさも15センチ位のアゴが最適。アゴは無くてはならない必需品で、上五島ならではの恵み」としみじみと話した。
 「30年ぐらい前は町内の至る所でアゴ焼きをしていたが、最近はずいぶん減った。こうした地域の伝統はなんとか残したい」。懐かしく、食欲をそそる香りを辺りに漂わせながら、せっせと手を動かす石田町長。島の秋は、やっぱりこうでなくちゃ。

天日干しされたアゴ=新上五島町

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