なぜセックス・ピストルズの音楽はあまり語られないのか?

Photo: Richard E. Aaron/Redferns

セックス・ピストルズ(Sex Pistols)の成功と知名度の大きさは、彼らの放蕩三昧の行動によるものであり、英国マスコミはそれに魅了され、同時に恐れおののいた。しかし、それだけでは彼らの物語の半分をも語ることはできない。もし彼らが、無法者であると同時に音楽的才能を持った、紛れもないタイトなパンク・ソング・マスターでなければ、彼らの伝説は今や存在していだろう。

混沌の存在

多くの人にとって、セックス・ピストルズは混沌の化身である。例えばその典型的なエピソードは次のようなものだ。数枚のデモを作っただけで、どこからともなくやってきたバンドは、野蛮なパンクの挑発者であり、自分の町に解き放たれたくない檻の中の動物でもあった。その危険性を察知したEMIは、セックス・ピストルズとの契約を破棄。その後、A&Mがバンドに接近するも、EMIと同様にA&Mも彼らの契約を破棄。次にヴァージン・レコードが登場し、英国エリザベス2世在位25周年祝典の時期に合わせて、反君主主義で「未来はない/no future」という皮肉たっぷりの楽曲「God Save the Queen」がリリースされた。

破れたシャツと安全ピンを身につけたバンドは、サウンドによる反抗で労働者階級を擁護した。ちなみにヴィヴィアン・ウエストウッドによると、このファッション・スタイルはベーシストのシド・ヴィシャスが考案したもの。シドはある男からお金を借りていて、その男に洋服を破壊されたため、シドはズボンをピンで留めなければならなかったのだとか。

多くの人が生活保護を受けていた時代に、怒りに満ちた態度をパッケージしたセックス・ピストルズは、社会や政治の失敗を深く反映していた。彼らのデビュー・アルバム『Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols(勝手にしやがれ!!)』は多くのレコード店で取り扱いを拒否されながらも、瓶の中の稲妻がはじけたように全英1位を獲得した。

荒々しいながらも洗練されたデビュー・アルバム

しかし、アルバム『Never Mind the Bollocks』を実際に聴いてみると、バンドの荒々しいパブリック・イメージに反して、激しいながらも驚くほど洗練されたアルバムであることがわかる。スティーブ・ジョーンズのオーバードライブがかかったギターと、フロントマンのジョニー・ロットンの毒のある唸り声にもかかわらず、プロデューサーであるクリス・トーマスのプロダクションの腕もあり驚くほど聴きやすく、そしてメロディックでもあり、そのサウンドは充実している。

このアルバムの発売以降、パンクやそこから派生したほぼ全てのジャンルは、間違いなくピストルズの影響を受けている。「I Wanna Be Me」の初期のデモを聴くと、そのパワーコードの中に何世代にもわたるポップパンクの響きを聞き逃すことはできないだろう。 

『76-77』でわかるその先見性

2021年9月に発売となった1976年5月から1977年9月の間に録音された80曲に及ぶピストルズの貴重な音源を収録した『76-77』は、彼らの音楽に焦点を当てており、バンドの先見性と独創的な音楽性を体感することができる。

例えばジョニー・ロットン。ティーンエイジャーの怒り、社会的な怒り、ファシズムへの批判などを完璧に表現した歌詞を、汚い英国アクセントで表現した彼の歌声は、UKパンクの基礎となる要素だった。レッド・ツェッペリンのロバート・プラントはアメリカ的な響きを出すようなアクセントで歌っていたが、ジョニー・ロットンの歌唱はあえてその英国訛りを誇張していた。

そして、バンドは破綻した政治体制に抗議しており、その不満を表現するための最良の方法は、パブで一緒に殴り合いをしたくなるような男のトーンで歌うことだった。ジョニー・ロットンはその歌い方を、クラシックの訓練を受けていないだとか、輝くスタジアム・ロックが嫌いだからだと言うだろうが、その歌い方は意図的なものだった。

また、楽器の演奏も素晴らしい。スティーヴ・ジョーンズの生々しいギターは、リバーブ・アンプを11にして演奏。グレン・マトロックの毒のあるベース、シンプルな構成ながら緻密なポール・クックのドラミングは、80年代のハードコアの特徴であるシンプルなDビートをはるかに超えており、「Pretty Vacant」ではトライバルなタムが使われている(これは有名なブートレグ『Spunk』に収録された「Lots of Fun」にも見られる仕掛けだ)。

これらのデモ・トラックは、楽観主義のサウンドをコード化したものであり、権力に対して真実を語っているようでもある。それらのコードで伝わってくるのは、アナーキーの理想であるユートピアだ。そして、その中でも究極の美しさは、もちろんライヴ音源だが、『76-77』の音源を聞いた誰もが、セックス・ピストルズがステージ上で音楽を演奏しているのを想像できる。そしてバンドのメンバーは皆、どこかの怪しげなクラブでの体験だと言うだろう。

セックス・ピストルズが『Never Mind the Bollocks』をリリースした1年半後の1979年2月2日、シド・ヴィシャスはオーバードーズにより亡くなる。それより1年前の1978年1月14日、サンフランシスコ公演でジョニー・ロットンは「騙されたと気分はどうだ?」と叫び、パンク・シーンにおける信頼性の欠如に嫌気がさし、バンドの終了を宣言。この発言は、彼によるバンド脱退後のプロジェクトであるパブリック・イメージ・リミテッドのことも示唆している。なぜなら、3コード時代の後に、芸術的で高尚な実験主義でなければ何が来るのか?その変化は、多くのパンクが受け継ぐものでもあった。パブリック・イメージ・リミテッドはオルタナティブ・ミュージックの範囲を広げる才能を持っていたのだ。

セックス・ピストルズは、その音楽、ライヴ、イデオロギーで非常に愛されたバンドだったが、そのサウンドは破天荒な行動によって隠れてしまっている。しかし、彼らの楽曲やそのサウンドがここまで強くなければパンク・ロックは世界中で愛されるものにはならなかっただろう。セックス・ピストルズによる未発表音源を収録した『76-77』は、私たちにその秘密を教えてくれるのだ。

Written By Maria Sherman

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**セックス・ピストルズ『76\-77』
**2021年09月24日発売

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