ビートルズ『Let It Be』最新“ミックス”ディスク1の聞きどころ

2021年10月15日に発売となり、日本でもデイリーランキング総合1位を獲得して話題となっているザ・ビートルズ(The Beatles)『Let It Be』の発売50年を記念したスペシャル・エディション。最新ミックスや未発表音源、グリン・ジョンズ・ミックスによる『Get Back LP』などが収録されたこの作品についての解説を掲載。その第3回です。

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『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』『The Beatles』『Abbey Road』と2017年から2019年にかけて発売されたザ・ビートルズの“発売50周年記念シリーズ”。その流れを受け、“世界的パンデミック”の影響で1年遅れで登場したのが『Let It Be』のスペシャル・エディションだった。

今回も下記6形態での発売となった。

 [スーパー・デラックス](5CD + 1ブルーレイ)
 [2CDデラックス]
 [1CD]
 [LPスーパー・デラックス/直輸入仕様/完全生産限定盤]
 [1LP/直輸入仕様/完全生産限定盤]
⑥ [1LPピクチャー・ディスク/直輸入仕様/完全生産限定盤=THE BEATLES STORE JAPAN限定商品]

記念盤が発売されるたびに、ファン(マニア)が大きな関心を寄せるのは、「どんなふうに音が変わっているのか?」と「どんな未発表音源が入っているのか?」だろう。

アルバム『Let It Be』は、プロデューサーのジャイルズ・マーティン(ビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子)とエンジニアのサム・オケルが、“ステレオ、5.1サラウンドDTS、Dolby Atmos”で新たにミックス作業を行なった(クレジットはプロデュースとミックスがジャイルズで、サムがエンジニアとミックス)。

ただし、今回の“ニュー・ミックス”に関しては、以前とは状況が違う。ジョージ・マーティンではなく、フィル・スペクターが「リプロデュース」したアルバムに、ジャイルズとサムが手を付けることになったからだ。

ジャイルズは、今回の作業に向かう姿勢について、スペシャル・エディションのライナーでこんなふうに語っている。

「議論を呼んだプロデューサー、フィル・スペクターの起用は、それ以前のザ・ビートルズとはまったく異なるサウンドのアルバムを生み出す結果となりました。たしかに彼のアプローチは、わたしの父が他のアルバムに施したアレンジの繊細さを欠いていたかもしれません。それでも彼は時代を超えた独自のサウンドをつくり出していますし、それはこの新しいミックスでも、尊重しなければなりませんでした。」(翻訳=奥田祐士氏)

さて、ではジャイルズとサムの二人は『Let It Be』をどんなふうに生まれ変わらせたのか。①のスペシャル・エディションの聴きどころを、今回から紹介していくことにする。まずはディスク1、『Let It Be』 ニュー・ステレオ・ミックスから。

全体的に言えるのはヴォーカルが前面に出て耳に届きやすくなったことと、それぞれの楽器が独立して聞こえるような、つまりは4人(+ビリー・プレストン)の存在感が増した、ということだ。以下、収録曲ごとに、際立った点についてまとめてみる。

 

1. Two Of Us(トゥ・オブ・アス)

一緒に歌うジョンとポールの“声の調和”が明快になり、特にジョンのヴォーカルがより分離した印象となった。ポールのギターのストロークは指の動きがみえるほどだし、リンゴのバスドラムのキックも、足を踏みしめている様子が伝わるほど明瞭である。

2. Dig A Pony(ディグ・ア・ポニー)

特にこの曲のニュー・ミックスに関しては、『Let It Be… Naked』と比べると、違いがわかりやすい。ジョンとジョージによるエレキ・ギターが、『Let It Be… Naked』では音圧高めの轟音で、とんがった響きになっていた。だが今回は、ギターは抑え目で、バンド・サウンドを重視した、5人による音の調和が楽しめる仕上がりである。フィル・スペクターが最初と最後のヴォーカルをカットしたが、今回はその繋ぎが以前よりもわかりやすくなった。

3.  Across The Universe(アクロス・ザ・ユニバース)

収録曲の中で最も変貌の激しい1曲。ジョンのアコースティック・ギターが艶やかな響きとなり、ヴォーカルも、エコー感を含めてより幻想的に伝わってくる。何よりストリングスが全体を包みこむように全体的に広がったことで、曲の印象が大きく変わった。

4. I Me Mine(アイ・ミー・マイン)

イントロのアコースティック・ギターとエレキ・ギターが左右に分離したことで、音の塊として迫ってくる従来のヘヴィ・ロック調のサウンドが和らいだ印象となった。フィル・スペクターによるストリングスも同じく分離度が増し、「Across the Universe」と同じく“ウォール・オブ・サウンド”を特長とする“スペクター色”が薄まっている。

5. Dig It(ディグ・イット)

大きな違いは感じないものの、やはりジョンのヴォーカルも各楽器も開放感のある音になった。

6. Let It Be(レット・イット・ビー)

「Two of Us」などと同じように、出だしの一音(ここではピアノ)からまっすぐ耳に届くようになり、ポールのヴォーカルもこれまで以上に強く、大きくなった印象である。ジョージ・マーティンが手掛けたストリングスやブラスも、さらに味わいが増した。

7. Maggie Mae(マギー・メイ)

この曲は「Two of Us」のジョンとポールのヴォーカルと同じく、二人の立ち位置が見えるようで、二人で風変わりな声を出す面白さがより伝わる仕上がりとなった。

8. I’ve Got A Feeling(アイヴ・ガッタ・フィーリング)

アップル・ビルの屋上でのライヴ音源に関しては、これも「Dig a Ponny」と同じく“重厚から明瞭へ”といった音の変化があり、ギターは抑え目になった。リンゴのドラムとビリー・プレストンのエレキ・ピアノが前面に出て、ポールのベースはやや引っ込んだ印象だ。

9. One After 909(ワン・アフター・909)

この曲も屋上でのライヴ音源。同じくバンド・サウンドが強調され、臨場感たっぷりのサウンドが楽しめる。

10. The Long And Winding Road(ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード)

フィル・スペクターの仰々しいストリングスや女性コーラスが控えめになり、「Let It Be」と同じくポールのピアノがよりクリアになった。リンゴのドラムも煌めくような音色で、ポールが嫌う壮大な雰囲気が大幅に減少。エンディングのハープはポールの希望でジャイルズは小さめにミックスしたと語っている。

11. For You Blue(フォー・ユー・ブルー)

メリハリの利いたサウンドへと変貌し、特にポールのピアノも弦の張った音がくっきりとなった。冒頭のジョンのセリフからして、従来よりも大きめに聞こえる。

12. Get Back(ゲット・バック)

重厚さは変わらず、特にポールのヴォーカルやジョンとジョージのギターがクリアな音へと変化した。

 

こうしてみてみると、今回のニュー・ミックスは、フィル・スペクターがストリングスなどを加えた「Across the Universe」「I Me Mine」「The Long and Winding Road」の3曲の、より曲に溶け込んだサウンドの変化と、アップル・ビル屋上で演奏された「Dig a Pony」「I’ve Got a Feeling」「The One After 909」の3曲のバンド感の増大、という2点が、際立った特徴と言えるかもしれない。

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ザ・ビートルズ『Let It Be』(スペシャル・エディション)
2021年10月15日発売

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