日本で所得を倍増させる唯一の方法とは

投資に馴染みのある人であれば、「72の法則」というのを1度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。初めて聞いたという人は、この機会に覚えることをお勧めします。知っていると、とっても便利な法則です。

「72の法則」とは、投資元本が2倍になるために必要な期間や利回りを求めるもので、具体的には以下の式になります。

「72÷利回り(パーセント)=元本が2倍になる期間(年)」

例えば3%の複利で運用すれば、72÷3=24年で当初の元本は2倍になると計算できます。同様に4%の複利で運用すれ18年、6%なら12年で倍になります。7.2%ならちょうど10年です。

どうして「72の法則」の話をしたかというと、岸田首相が掲げた「令和版所得倍増計画」というものが、いかに現実離れしているかを分かってもらうためです。


日本で賃金が上がらない理由

国民所得というのは、国内総生産(GDP)とほぼ同じものです。国民の所得を倍にするというのはGDPを倍にすると言っているに等しい。

ではGDPが倍になるにはどれくらいかかるでしょう。日本の潜在成長率は1%未満と推定されています。仮に0.072%だとしましょう。「72の法則」に当てはめれば、100年かかります。岸田さんは第100代の首相ですが、あと100人くらい首相が交替した第200代首相のころには達成できるかもしれません。

国民の所得を倍にするのが無理だから、金持ちをたたいて格差是正の「ポーズ」を示すのです。それが「1億円の壁」、すなわち金融所得課税の議論ですが岸田首相はこれを取り下げました。野党はまだ主張するところがありますが、まったく筋違いの議論としか言いようがありません。

新自由主義を推し進め英国病を脱却したマーガレット・サッチャー元英国首相が述べたように、「金持ちを貧乏にしても、貧乏な人が豊かになるわけではない」のです。格差が拡大するのは、フランスの経済学者、トマ・ピケティが指摘したように r > g 、資本のリターン(r)が国民所得の成長率(g)を常に上回るからです。金融所得課税は増税によって、このrを下げようということです。

そうではなく、なぜこの高いrを利用しようとしないのか。株式投資のリターンは長期で均せば7%程度は期待できます。株式投資を利用すれば所得が倍になる展望も開けるのです。

岸田さんは「幅広い国民の所得・給与を引き上げる」と言います。しかし、賃上げは「官製春闘」とまで言われた安倍政権でさえ定着しませんでした。政府主導の賃上げは、税制の支援があっても難しいと思われます。

なぜなら、労働の対価である賃金は労働者の生産性の高さに応じて決められるべきものだからです。政府主導で賃上げが実現したとしても、それが一時的なものなら給与が増えても消費に回らず貯金が積み上がるだけです。これは給付金をばらまいても同じことです。

所得倍増を実現するために必要なこと

2021年4~6月の資金循環統計によると、6月末時点で個人(家計部門)が保有する「現金・預金」は前年同期比4.0%増の1,072兆円で、過去最高となりました。この預金は金利がほぼゼロで眠ったまま、いわば「死に金」です。この「死に金」を有効に使って経済を回す、それが日本にとってもっと重要な経済政策です。

東京証券取引所などが発表した2020年度の株式分布状況調査によると、2021年3月末の個人株主数は1年前から308万人増え過去最高の延べ5,981万人になりました。日本証券業協会によると20年度はネット取引の口座数が2019年度比13%増えました。若い世代ほど新規開設に積極的で、20代以下の口座数は4割強増え、30代も2割増となりました。

若い人は長期の株価低迷を経験していません。少額投資非課税制度(NISA)など国の投資促進策の後押しを受けた世代です。
いまこそ株式投資を国民に根付かせ、真剣に「貯蓄」から「投資」への流れを促進するべき時でしょう。それこそが一番確信度の高い成長戦略であり、ほぼ唯一、所得倍増の可能性のある戦略です。

だから「金融所得課税の見直しを当面考えない」のではなく、むしろNISAの拡充などを積極的に考えるべきでしょう。資産運用によって老後2,000万円問題等の将来不安が軽減すれば、消費も増えると思います。給付金を配るのはそうした下地を作ってからでないと効果がありません。

<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>

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