吉浦康裕(原作・脚本・監督)- 「アイの歌声を聴かせて」とにかく楽しい作品にしたかったんです

楽しくて面白いものにしようというドストレートな気持ちで作りました

――『アイの歌声を聴かせて』は観ていて懐かしい気持ちになる映画でした。

吉浦(康裕):

目指したのは、子供の頃に何気なく図書室で見つけた良作ジュブナイル小説のイメージなので、そう感じていただけたのであれば狙い通りですね。

――素直な青春映画ですね。

吉浦:

そうですね。凄くシンプルで素直に楽しくて面白いものにしようというストレートな気持ちで作りました。ジュブナイルにSFにミュージカルと色んな要素がテンコ盛り、王道で楽しい映画になったので観ていただいた方にとってちょっとした宝物のような作品になればと願っています。こんなことを自分でストレートに言うのは恥ずかしいんですが(笑)。

――王道の物語でありながら、吉浦さんならではの要素もあって。

吉浦:

そうですね。王道の少年少女の物語と、僕が『イヴの時間』からやってきたAI・自立型ロボットの要素も入れた作品になっています。その要素を持って最初は僕1人で脚本を進めていたんですけど、何かが足りないなと感じて大河内(一楼)さんに入っていただいたんです。

――大河内さんは最初からいらっしゃったわけではないんですね。

吉浦:

初稿のようなプロットを書いた段階では一人でした。脚本をより進める段階で入っていただきました。物語の骨格は生かしつつ、更にいいものになるように助けていただきました。

――シオンが歌い出すというキャラクター付けはどのようにして生まれたのでしょうか。

吉浦:

AIであるシオンにどういった性格を与えようかと色々アイデアをリストアップしていった中に、“突然歌い出す”というものがポロっと出て来てたんです。昔からジュブナイルやAIと同じくらいミュージカルをやりたかったので、その思いが出てきたのかもしれませんね。

――昔からやりたかったことが本作で上手く重なって作品になったという事なんですね。

吉浦:

そうです。AIだから突然歌い出すし、周りは引くというところから始まる、ちょっと変わったミュージカルです(笑)。

――観客はお母さんが作ったロボットだと認識していますけど、実際に転校生が脈絡なく歌い出したら「大丈夫かな」と思っちゃいますからね。

吉浦:

『イヴの時間』からAIを描き続ける理由は、AIの融通が利かなさとか真面目に命令を実行し続けるという部分が、可哀想で可愛くて一途なキャラクターという魅力に変換されると感じているからです。観客の方はシオンがロボットだとわかっているから、その突飛な性格を違和感なく受け入れてもらえる。その設定の強みが、ミュージカルにそのまま生かすことが出来ました。

好きになってもらいたかった

――本当にシオンのキャラ付けとして上手く合っていて、可愛らしさもありました。

吉浦:

そう言っていただけて良かったです。今はシリーズアニメでもキャラが歌うことは珍しくないですが、僕が思い描いていたミュージカルはそれらとはまた別だったのでやるなら今しかないとも思ったんです。

――その直感は大事だと思います。やりたい時に動き出さないと熱量が上手く乗らないという事もありますからね。しかも、今作のミュージカルシーンは手描きというのは凄いですね。

吉浦:

ミュージカルでは日常シーンと歌唱シーンがシームレスに繋がるので、片方だけをCGにできなかったんです。ライブなどの別空間であればキャラがCGに変わってもそこまで違和感は無いんですが、さっきまで普通に話していたシオンが歌唱で突然CGになるわけにはいかないじゃいですか。

――今はCGと手描きがかなり近づいているとはいえ、CGのクセ・手描きのクセというものはありますから。

吉浦:

自分の中にあった、アニメでミュージカルをするならこうしたいという思いを全部ぶつけました。

――その思いをぶつけたミュージカルシーンはどうやって制作されたのでしょうか。

吉浦:

実は、各ミュージカルシーンは、それぞれ1人のアニメーターの方にお願いしています。

――その方がシオンの歌う演技が統一できますからね。

吉浦:

そうなんです。当然、その後の動画・仕上げ・撮影も大事になるので、スケジュールがひっ迫しないように作画が始まって最初に打ち合わせをしたのがミュージカルのシーンでした。そして、最後に終わったのもミュージカルシーンになりました(笑)。

――それだけ力を入れられたという事なんですね。やはり、歌を先に撮られてから入られたのですか。

吉浦:

仮歌なんですけど、絵コンテの前段階で作って頂きました。作画も仮歌を聴いてもらいながら演技を作ってもらっています。そうやってミュージカルシーンを作ったのですが、最後に本番を歌って頂いた土屋(太凰)さんは大変だったと思います。

――凄い。

吉浦:

今作で歌うのはシオンだけですし、1曲ごとに雰囲気が違う楽曲を歌いながら演じていただくというのは大変だったと思います。毎曲ごとにレッスンをして臨んでいただいたそうです。

――土屋さん自身ミュージカルの経験もあって出来たことでしょうけど、それでも大変ですね。歌が上手いから出来るという事ではないですもん。

吉浦:

本当に素晴らしかったです。

――AIであるシオンの所作を演出する際は、どういった点を意識されたのでしょうか。

吉浦:

シオンの表情や所作でロボットっぽくという事は何も指示しませんでした。機能が止まっときも、例えば目のハイライトを消すといった絵的な差別化はしていないんです。

――確かにそうでした。ハイライトがあるだけで、よくある止まってしまったロボットの不気味さが無かったです。

吉浦:

シオンがロボット的な要素を出すときに愛嬌が無くなてしまわないよう注意しました。とにかく好きになってもらいたいキャラだったので、可愛く停止しているように描きました。僕は人間そっくりなロボットを描けるのはアニメーションの強みだと思っているんです。明るくて活発な人間そっくりなロボットを実写で描くと、ただの明るくてかわいい女の子になる気がしていて。

――そうですね。演じられているのが人となると、どうしても人間らしさがなくならないですから。そういった、普通は少し奇妙に描きたくなるところも明るく表現されているので観終わったあとも晴れやかな気持ちになれたんだと思います。

吉浦:

メインビジュアルのデザインからも感じていただけるように、とにかく楽しい作品にしたかったんです。何だったら、笑えるし可愛いし、愛嬌たっぷりに描きました。

全員にスポットライトを当ててあげたかった

――シオンはもちろんAIという事もありキャラクターが立っているのですが、ほかキャラクターも魅力的で各ドラマも上手く表現して繋げられていて誰も薄くなることがなく凄いなと思いました。

吉浦:

群像劇なので全員にスポットライトを当ててあげたかったんです。誰かがメインのパートでも他のキャラクターはちゃんとその人なりのポジションにいて、そのキャラクターらしく立たせるという事は意識しました。やはり誰一人捨てキャラにはしたくないんですよ。

――群像劇では自分に近いキャラクターに感情移入するので、思い入れあるキャラクターが最後まで活躍するというのは嬉しいことです。

吉浦:

今回は自分を過度に投影したキャラはいないので、全員に等しくスポットライトを当てられたと思います。これは本作を観た方に言われてなるほどと思ったことなんですが、「5人のメインキャラは属性だけで捉えると一見ベタな配置ですけど、各キャラクターにベタから少しズレた要素を必ず入れているんですね。」と言われたんです。例えばサンダーはコメディリリーフのポジションなんですけど、本人はいたって真面目なキャラクターなんです。真面目過ぎて腹芸が通じない、そこが笑える。

――確かに。真面目なサトミ・オタクなトウマ・熱血漢のサンダー・クールなゴッちゃん・活発なアヤと王道な5人ですけど、少しずつ違う要素が入っていますね。そこが人間らしさを表現している部分で、実際に居るんじゃないかと感じたのかもしれませんね。

吉浦:

ありがとうございます。シオンに対比するキャラであるサトミは、本来主人公になりづらいキャラだと思うんです。優等生で生真面目で愛嬌もそんなに無い。

――そうですね。普通はサブにまわるキャラクターですね。

吉浦:

主人公であるサトミに感情移入してもらわないといけないので、その点はキャラクター原案の紀伊(カンナ)さんも少し心配されていました。

――実際、映画を観ていて自然と感情移入できました。

吉浦:

とにかく良い子で可愛くて健気なんですと伝えられるように、気を配りました。福原(遥)さんの演技にも助けていただいたのも大きいですね。

――ほかの3人はどういったことを意識されて、キャラクターづくりをされたのでしょうか。

吉浦:

トウマは最初メガネをかけていたんです。

――分かり易くアイコンとして。

吉浦:

そうです。でも、紀伊さんに「今時は違います。」と言われて(笑)。紀伊さんからは「メガネをかけると必要以上にカッコよくなっちゃうんです。」とも言われ、なるほどそういう見方もあるのかと思いました。結果としてメガネを外しましたが、女の子から見ても可愛いキャラクターになっているみたいです。

――そこは分かる気がします。トウマは猫みたいで、庇護欲が湧きますよね。

吉浦:

女性スタッフからも「可愛い、守りたくなる。」言われ、改めてなるほどと思いました。ゴッちゃんも最初は短髪のスポーツキャラだったんですけど、実はどこにも居場所が無い独特の雰囲気を出すために長髪キャラになりました。メインの6人ではないですけど、大人キャラたちも味のあるデザインにしていただけました。

――そうですね。大人たちがいるから、高校生の主人公たちがより引き立ちます。

吉浦:

大人のドラマは大河内さんの色が特に出ている箇所で、より一層魅力的になったと思っています。そこは大河内さん自身が持っている味なのかもしれないと個人的には思っています。

――紀伊さんとはどのようにキャラクターや作品のイメージを共有して、デザインをしていただいたのですか。

吉浦:

脚本をお渡しして最初の打ち合わせをしたときには、すでに描いてきてくださっていたんです。

――具体的にお伝えする前に。

吉浦:

はい。最初にいただいたデザインが、ほぼ今のものになっています。微調整したのはサンダーくらいです。本当に良いキャラクターになったと思っていて、みんなの力の集約だと思います。キャスト・スタッフみんなで更なる高みに押し上げてくれました。

――キャラクターからは外れるんですけどデザインで言うと、プロダクトデザインも素晴らしいなと思いました。メインビジュアルにある一輪バイクもそうですし、ほかのガジェットも近未来なんだけどいま使っているものが進化するとこうなるだろといったデザインで生活の中に合っても自然でした。

吉浦:

そこのデザインもかなりこだわったところです。コンセプトとして、メカにもとにかく可愛いげを持たせることを強く意識しました。また、サトミのスマホカバーがプリンセスのデザインになっていたり、小道具はキャラごとの個性も出るようにしています。

――その可愛いデザインというはシオンのメンテナンスのシーンにも生かされているように感じました。ロボットとはいえ、体中に配線が繋がれているというのはどうしてもショッキングな画になります。そこが抑えられていて気を付けていらっしゃるんだなと感じました。

吉浦:

その辺りのバランスは本当に気を使いました。SFやガジェット好きだとああいったシーンはエグくしたくなるんですけど(笑)。でも、そこはグッと我慢しています。

――そういった心づかいが画面にも表れていて、最後まで明るく楽しい気持ちで観終えることが出来ました。

吉浦:

多くの人に観ていただきたい映画なので、制作中で何か迷った際はとにかく「ベクトルが外に向かう選択」をするように意識しました。また一方で、本作は自分の作品制作における意識が変わる切っ掛けにもなったと思っています。この明るく弾けたメインビジュアルが示すように、多くの方に愛される作品になって欲しいです。

© 吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

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