ロシア感染爆発の元凶、なぜ国民はワクチンを打ちたがらないのか

 ロシアで新型コロナウイルスが猛威を振るっている。新規感染者数は7月中旬をピークにいったん減少傾向を示したものの、9月に入り増加。10月には、政府対策本部の発表として、25日に3万7930人と過去最多を更新。死者も16日に1日当たり1002人と初めて千人を超え、27日には1123人と過去最多となった。

 増加傾向にあるとはいえ、英国やドイツなど欧州の主要国の新規感染者が過去のピーク時を下回っているのとは対照的だ。ロシア政府は10月20日、人流を抑えるため、全土で30日から11月7日までの9日間、企業に労働者を休ませることを促す「非労働日」とすることを決定したが効果は不明。ロシアの感染拡大の主な理由がワクチン接種率の低さにあるのは明らかだ。

 関係閣僚とのオンライン会合でプーチン大統領は「友人にワクチンを打ったかと聞くと『君が打ったら打つよ』と言う。私が打ったと言っても、やはり打たない。理由を聞いても『分からない』という。教育を受けた学位もある人なのに、不思議な話だ。われわれには二つの選択肢しかない。(新型コロナに感染して)苦しむか、ワクチンを打つかだ」と自らの体験を引き合いに出し嘆いた。(共同通信=太田清)

新型コロナウイルス感染症のワクチン「スプートニクV」の接種を受ける医療従事者の女性(右)=2020年12月、ロシア・エカテリンブルク(タス=共同)

 ▽半数以上が「打たない」

 ロシアは昨年12月、世界で初めて国家承認した国産ワクチン「スプートニクV」の国民への接種を開始。プーチン大統領は今年4月の年次報告演説で、秋には、全国民の80%程度とされる人が免疫を持つロシアでの集団免疫獲得を目標とする考えを明らかにしたが、10月27日時点で2回の接種を終えた人は全人口の約32%と目標達成は遠い状況。英国、フランス、ドイツなど欧州の主要国がいずれも6割以上接種を完了しているのと比べても、はるかに遅れている。ちなみに日本の接種完了者は27日公表時点で、70・6%(首相官邸発表)だ。

 ロシア独立系世論調査機関レバダ・センターが8月19日から26日に行った世論調査によると、「ワクチンを打つつもり」と答えた回答者はわずか14%で、半数を超える52%が「打つつもりはない」とした。

 また、新型コロナ感染を恐れるかとの問いに対してはやはり半数を超える55%が「恐れない」と回答。同センターは定期的に新型コロナに対する世論調査を行っているが、今年2月の調査以来、恐れないとの回答は5割近くで高止まりしており、国民の間の危機感の欠如を示している。

 さらに、プーチン政権与党「統一ロシア」が最近行ったオンラインによる調査では、実に73%が「打たない」と回答するなど、国民の間の拒否感の深刻さが浮かび上がった。

ロシア政府のオンライン閣僚会議に出席したプーチン大統領=10月20日(タス=共同)

 ▽陰謀論

 接種率の低迷に危機感を覚えたロシア政府は、ワクチン接種キャンペーンを推進。大統領以外にも、閣僚や自治体首長、専門家らが接種を勧める発言を繰り返すほか、国営テレビも連日、接種のメリットを強調する番組を放送。「あなたと、あなたの愛する人を守って」とするテレビCMも。また、病院のみならず商業施設などでの接種や、接種者への景品プレゼント、高額商品の抽選への参加権、果てはアイスクリーム無料提供など、あれやこれやの手段で接種を促しているが効果はいまひとつだ。

 ロシア人はなぜ、これほどワクチン接種に消極的なのか。レバダ・センターのデニス・ボルコフ所長は接種が伸び悩む今年5月、同センターのホームページに、接種に関する論文を発表した。

 同所長がまず挙げたのが、特に若者の間の危機感の薄さ。「私は新型コロナに感染しないし、感染したとしても軽症で済む」とみなす人は多く、こうした傾向は日本を含む各国でも同様だろう。

 また、同所長は、各国との開発競争に打ち勝ち最速で実用化された国産ワクチンについて、臨床試験が未完了のまま接種が始まったことから、その安全性や副反応の重篤さに懸念を持つ人も多いとも指摘。昨年8月に行われた世論調査では、開発中の国産ワクチンに対し「信頼する」と答えたのはわずか9%で、それぞれ20%が「不信」、「疑念」を表明した。

 プーチン大統領がいみじくも吐露したように、医師や軍人や官僚など、責任ある立場に立つ人が接種し、安全性が証明されるまで接種を見合わせたいという人は多い。また、プーチン大統領は一般の接種開始からかなり遅れた今年3月、ワクチン接種を発表したが、具体的な種類は明らかにせず(6月末にようやくスプートニクVだと打ち明けたが)、接種の様子も公開しなかった。こうした行動が「国家元首ですら接種をちゅうちょした」との印象を国民に与えたことは否めない。

 一方、ある種の「陰謀論」を信じ接種を拒否する人もいる。「ワクチンにはマイクロチップが仕込まれ、接種後は他人から操作される」「新型コロナウイルスは生物兵器」といった説を信じる人は多く、感染者数は誇張されていて、政府の発表は信用できないという回答者も28%に上る(昨年10月調査)。

 一部自治体では、大規模商業施設や劇場、フィットネスクラブ、遊技場など多くの人が集まる施設利用の際にワクチン接種証明書の提示を義務づけているが、ワクチンを打ちたくない人による偽造証明書取得が横行。スプートニクVを開発した国立疫学・微生物学研究センターのアレクサンドル・ギンズブルク所長は「スプートニクV接種後に新型コロナに感染し、重症化したとされる人の8割は(実際には打っていない)偽造証明書の取得者だ」と指摘した。

ロシア中部エカテリンブルクのショッピングセンターの臨時会場で新型コロナウイルスワクチンの接種を受ける女性=10月19日(タス=共同)

 ▽政府への不信

 興味深いことに、今年4月の調査でプーチン大統領支持者の33%が「ワクチンを打つ」と答えたのに対し、支持しない人はわずか12%と3分の1余りしかいない。同所長は「政権への不信が、ワクチン接種の是非にも反映している」と分析。一方、ウラル国立教育大学のアンドレイ・コリャコフツェフ助教授(社会学)はロシアのネットメディア「スバボードナヤ・プレッサ」に対し「ソ連時代から続く、医療や保健システムに対する不信が、今回のワクチン接種への消極さにつながっている」と、ロシアの保健医療体制への根強い反感もワクチン拒否の一因だと指摘している。

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