<ルポ> “普通”の奥に深刻さ抱え 問題に向き合う夜間部の生徒と教諭

夜間部エンカレッジコースの授業中の教室=長崎県立佐世保中央高

 廊下からふと職員室の中に目を移すと、天井からぶら下がるプレートが見えた。「夜間部」「昼間部」「通信制」。課程ごとにロッカーで区切られたスペース、ひしめき合う机、慌ただしく動く約60人の教員たち-。長崎県佐世保市梅田町の県立佐世保中央高(松尾修校長)。この高校が持つ多様さ複雑さが、職員室の様子からも感じ取れた。「じゃあ行きましょうか」。英語教師の濱本功二教諭が夜間部エンカレッジコースの教室まで案内してくれた。
 「レポートは木曜までに提出してください」。教室に入り、濱本教諭が生徒に向かって話し掛ける。5月下旬。午後の穏やかな光が教室に降り注ぐ午後2時20分。夜間部エンカレッジコースの教室でホームルームが始まった。エンカレッジコースは通常の夜間部より約3時間早い午後2時半に授業が始まる。机にうつぶせたり、本を読んだりしながら話を聞く生徒たち。制服がなく、服装が自由なことを除けば、どこにでもあるような教室の一コマだ。
 ホームルームが終わると、濱本教諭は別のクラスに移動し授業を始めた。授業のやり方や生徒の様子は、いずれも“ごく普通”。休み時間になると生徒たちは近くの友達との会話に花を咲かせていた。
 4校時目は午後6時25分から。夜間部夜間コース2年生の教室にお邪魔した。外は真っ暗だったが夜間コースの生徒にとっては2校時目に当たる。濱本教諭は生徒たちに笑顔で「仕事は何時からだったの」「何時に起きよると」などと声を掛け、生徒たちも明るく反応する。
 授業中積極的に質問に答える生徒がいた。西竹愛華さん(16)。授業が終わった後、話し掛けてみた。登校前に約5時間飲食店でアルバイトをしているという。「大人の世界に首を入れつつ、まだ子どもって感じです」と率直な口調で話す。中学時代は熱心に勉強することはなかったが、「やればできるかもって思えて高校から勉強するようになりました。先生の期待もあって頑張れてます」とはにかみながら答えた。
 全ての授業が終わり家路に就いたのは午後9時過ぎ。問題を抱えている生徒が多いと聞いて身構えていたので、全てが「平凡」だったことに驚いた。そのことを伝えると、「そう見えても、ふたを開けてみれば、ヤングケアラーなど深刻な問題を抱える生徒も多いんですよ」。濱本教諭が少し顔を曇らせつぶやいた。
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 今年5月下旬から数回にわたり、長崎県立佐世保中央高の授業や部活動に参加し、さまざまな問題と向き合う生徒、教諭を取材した。

◎顕在化しづらい厳しい現状 仲間や部活が心の支えに

 佐世保中央高での取材を数回経て同校にも慣れてきた7月上旬、夜間部エンカレッジコースのバドミントン部の活動に参加させてもらった。自前のラケットを携え、午後8時ごろ体育館に向かうと既に数人の生徒が練習を始めていた。部員の8割はアルバイトをして登校、授業を受けた後、部活動に励んでいる。
 何度か一緒にプレイをして汗を流すと、生徒たちは教室では見せない、屈託の無い子どもらしい表情を見せてくれるようになった。ある女子部員は「部活動が楽しくてしょうがない」と笑顔で話した。家庭のことで悩みを抱える彼女にとって、部活は「心の支え」の一つのようだった。

各課程のプレートが並ぶ職員室

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 その後、数人の生徒が校内で記者の姿を見かけると声を掛けてくれるようになった。「(あの先生は)はっきり言ってくれるところがいい」「環境が劣悪だったのでバイト先を替えた」「昨日はあまり寝てないよ」。学校生活やアルバイトのことなどを楽しそうに話す生徒たちは、他の高校生と何ら変わらない大人が守らなければならない“子ども”だ。
 しかし、取材を進め、さまざまな生徒や教員に話を聞くうちに、厳しい現実の中で子どもではいられない生徒がいることを知った。親の介護をしなければならない生徒、金銭的に家族を支えなければならない生徒、自宅がごみ屋敷のようになって居場所すら無い生徒-。いやが応でも大人のように振る舞わざるを得ない子どもがいる。
 「親を親だと思っていない」「絶対に友達に知られたくない」。1人のときに話を聞くと、友達の前では決して口にしないようなことを話しだした。家庭が家庭としての機能を果たしていないという環境で暮らしている生徒は「一人で生きていきたいのに、未成年だから1人暮らしもできない。施設は嫌だから、最悪な環境でも親と一緒にいるしかない」と胸の内を明かした。
 すさんだ家庭環境にある生徒らにとって、似たような境遇の生徒が集まる同校は、心の支えになる仲間がいる場所だ。「考え方を共有して高め合える」「人間としての成長が早くなる」。何か悟ったような口調で友達と一緒にいることの“理由”を語った。
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 取材が終わって1カ月ほどして、久しぶりに夜間部の澤邊晃士教頭に電話をした。最近の様子を聞くと、相変わらず業務に追われていること、そして取材した生徒で退学した生徒が数人いることなどを話してくれた。取材の中で「学校をやめたい」と漏らす生徒もいて、何とか踏みとどまってほしいと思っていただけに残念に思った。しかし、澤邊教頭の受け止め方は少し違った。「学校に残れの一点張りは教員のエゴだから。子どもたちの将来を考えてそれがベストなら見守っていきたい」。冷静に話したその言葉に、たくさんの生徒をみてきた重みを感じた。


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