「村上春樹を読む」(1) 主人公たちは大粒の涙をこぼす 泣く村上春樹・その1

 涙のシーンが印象的な村上春樹の作品。『羊をめぐる冒険』など

 村上春樹の小説の主人公や大切な登場人物は重要な場面でよく泣きます。大粒の涙をこぼして泣くのです。いくつか具体的な例を挙げてみれば、その泣きぶりがわかります。

 一番大泣きしているのは『羊をめぐる冒険』(1982年)のラストでしょうか。

 主人公の「僕は川に沿って河口まで歩き、最後に残された五十メートルの砂浜に腰を下ろし、二時間泣いた。そんなに泣いたのは生まれてはじめてだった。二時間泣いてからやっと立ち上ることができた」とあります。

 デビュー作『風の歌を聴け』(1979年)では「犬の漫才師」と呼ばれるラジオのディスクジョッキーが何度か出てきます。小説の最後にも登場。そのディスクジョッキーが、病気で3年も入院しているという17歳の女性の聴取者からの手紙をもらって、それを読む場面があります。

 この手紙を受け取って、デスクジョッキーは「急に涙が出てきた。泣いたのは本当に久し振りだった」と書いてあります。そして、この次のページで、主人公の「僕」が東京に帰り、物語は終わりに向かうのです。

 日本国内だけでも単行本、文庫の上下巻合わせて一千万部を超えているという驚異的なベストセラー『ノルウェイの森』(1987年)では、どうでしょうか。この小説の最後は「緑」という女性に「君と会って話したい」と「僕」が電話する場面で終わっています。

 この場面はかなり有名ですが、その直前にレイコさんという女性と握手して別れる場面があります。「あなたと会うことは二度とないかもしれないけれど、私どこに行ってもあなたと直子のこといつまでも覚えているわよ」とレイコさんは言います。直子は、もう一人、この小説に登場して、自殺してしまう女性のことです。

 そして「僕」がレイコさんの目を見ると「彼女は泣いていた」と書いてあるのです。その1ページ後で『ノルウェイの森』は終わっています。

 さらに他の作品について加えましょう。

 『海辺のカフカ』(2002年)は米国のニューヨーク・タイムズ紙で2005年「ベスト10冊」にも選ばれた作品ですが、この長篇の最後に主人公の「僕」が現実世界である東京に戻っていく場面が書かれています。

 その時、僕は新幹線で帰るのですが、名古屋を過ぎたあたりから雨が降り始めます。僕は車窓の雨粒を見ているうちに、目を閉じて身体の力を抜き、こわばった筋肉を緩めると、「ほとんどなんの予告もなく、涙が一筋流れる」のです。そして、やはり次のページで、この長篇小説は終わっているのです。

 もう一つ、例を挙げてみましょう。

 2004年に刊行された『アフターダーク』です。この長篇の主人公は深夜のファミリーレストランで独り本を読む、マリという女子学生です。そのマリは誰にも話したことのない悩みを抱えています。それはマリの姉エリが家で2カ月も眠ったままで、以来マリは家でうまく眠れないのです。その不眠のマリが眠れて、眠ったままの姉エリに目覚めがやってくるという小説ですが、作品の最後にマリがエリに添い寝をする場面があります。

 するとマリの目から「何の予告もなく、涙がこぼれ出てくる。とても自然な、大きな粒の涙だ。その涙は頬をつたい、下に落ちて姉のパジャマを湿らせる。それからまた一粒、涙が頬をこぼれ落ちる」と書かれているのです。

 まだまだいくつも紹介できますが、村上春樹の小説にとって、主人公や重要な人物が泣く場面がたくさんあることはわかってもらえたと思います。紹介したように、最後に泣く場面が多いので、主人公たちが泣く場面に向かって物語が進んでいく感覚がありますし、主人公が泣いたら物語が終わりというふうに考えることもできます。

 さて、では村上春樹の小説の主人公や重要人物たちはなぜ泣くのでしょう。

 その問題を考えなくてはならないと思います。でもそれは、来週のコラム「村上春樹を読む」で考え、紹介したいと思います。楽しみにしていてください。(小山鉄郎・共同通信編集委員)

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