乗客の避難、脱線した車両の復旧……もし大地震が起きたら鉄道事業者はどう動く 西武「2021年度総合復旧訓練」を取材【フォトレポート】

西武鉄道は2021年11月11日、玉川上水車両基地にて「2021年度 総合復旧訓練」を実施、その様子を報道陣に公開しました。

東日本大震災から10年が経ち、当時の状況を振り返るような特集が様々な媒体で組まれているなか、今年10月7日には東京都区内で10年ぶりに最大震度5強を観測。日暮里・舎人ライナーが脱線し輸送障害が発生したのは記憶に新しいところで、その後も小規模な揺れが何度も発生しています。

大規模災害が発生した際、鉄道事業者に求められるのは「乗客を安全に避難させる」「沿線火災を消し止める」「帰宅困難者への支援物資の配布」「脱線した列車の復旧」「線路や架線の復旧」といった対応をスムーズに行うこと。どの鉄道会社も定期的に訓練を重ね、万一に備えています。

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今回取材させていただいた西武鉄道の場合も同様で、毎年欠かさず訓練を実施しています。「総合復旧訓練」という名前が付いたのは2006(平成18)年からですが、訓練そのものは昔から運輸部や車両部などで連携して行ってきたそうです。今年は西武鉄道社員約140名が参加しました。

震度6弱を想定したシナリオを用意

訓練は大規模災害を想定したもので、用意されたシナリオは次のようなものでした。

「東京湾北部を震源とする震度6弱の地震が発生し、沿線各地に大きな被害が出ている。この影響により、新宿線は所沢~東村山駅間にて列車が脱線し、列車内の乗客にけが人が多数発生した模様。また沿線火災が発生し、鉄道敷地内の草花に延焼したほか、停電の影響で踏切遮断機は遮断継続中であり、ターミナル駅では帰宅困難者も発生している状況。なお当社の通信設備の使用は、一部を除き可能である」

訓練は被災状況の報告から始まり、避難誘導訓練に移りました。基地内に停車した30000系に梯子をかけ、一人一人乗客を降ろしていきます。

避難誘導訓練の様子

訓練では途中から線路の付近に火災が広がったという想定の動きに切り替わり、沿線の草花への延焼を食い止めるため消火活動を行いながら、車両片側の扉を全て開けて乗客を降ろしていきます。30000系のドア下部からレール上部までの高さは1135ミリ。地面にマットを敷き、両側で降車のサポートをします。

片側の扉を全て開放し、車両から降りるケースも想定

訓練を担当した運輸部は、降車した乗客の誘導や帰宅困難者への備蓄品配布などを想定した訓練も行いました。

帰宅困難者対応訓練も行われ、備蓄品等を配布しました
配られたのは水とカロリーメイト、体温をキープできるレスキューシート

30000系の脱線、線路・架線の復旧

訓練は大地震により車両が脱線したという想定ですので、避難誘導後は脱線復旧訓練に移行しました。担当したのは車両部です。復旧作業用の装置を使う上で邪魔になってしまうため、まずは台車側に屈曲した先頭車両のスカートを外します。

ガス切断機で実際にスカートを切断しています

スカートを撤去したら今度は2基の油圧ジャッキなどを使用し、車両の水平を保ちながら車体を上昇させ、横送りしてレール上に戻します。余談ですが、今回訓練で使用した30000系先頭車両の重量は約26トンだそう。モーター車ではないのでやや軽めです。

様々な装置を組み合わせた脱線復旧システム「ルーカス」の準備中。電車と線路の間に物が挟まった場合にも使用されるそうです
車両をレール上面まで持ち上げて写真右側にスライドさせ、位置を確認したのちレール上に戻します

続いて工務部が通り変位復旧訓練・軌道検査訓練を行いました。想定としては、地震で線路がゆがみ、線路下に敷かれるバラストも流失してしまっているという状況です。レールを戻すのは人力での作業となります。

人力で元に戻した後は破断したレールの継目板と呼ばれる部品とボルトを使用してつなぎ合わせます

写真から最近行われたJR渋谷駅の線路切換工事を思い出される方もいらっしゃるかもしれません。流出したバラストの投入やタイタンパーによるつき固めも、間近で見ると実に迫力のある作業です。

バケツリレーのような要領で陥没箇所にバラストを戻し、タイタンパ―でつき固める様子

最後は線路の状態を数値化する「トラックマスター」で検査。手元の画面に表示される数値から安全な線路に仕上がっていることが確認できれば、線路の方は電車の運行に支障のない状態に戻せたということになります。

軌道検測を人力で行う「トラックマスター」補修箇所のピンポイント測定、測定値のデータ管理も可能です

電車線不具合の復旧訓練を実施したのは電気部。基本的に電車というものはパンタグラフで架線から電気の供給を受けて走行するわけで、架線や電気設備に異常が出れば正常な運行はままなりません(念のため、最近は蓄電池を搭載して緊急時に自走する車両なども出てきています)。訓練ではトロリ線を吊るすハンガーの取り付け、歪みの測定などを行いました。

トロリ線を吊るすハンガー(写真のトングのようなもの)を取り付けています
歪みの測定をしています。写真左に見えるのは軌陸車

列車内で発生する傷害事件への備え、危機管理情報共有システムの活用

以上で地震などの大規模災害を想定した所定の訓練は終わり。ですが、今回は車内設備(車内非常通報装置、ドアコック、消火器)などの社員に向けた再周知も行われました。小田急線や京王線車両内で本年発生した傷害事件を踏まえたものです。

訓練終了後、踏切支障報知装置を実際に押す様子

また今回の訓練では、2018年から導入された「クロノロジー型 危機管理情報共有システム 災害ネット(クロノロ)」という危機管理情報共有システムも使用されました。

これは車掌や運転士の持つタブレットを使用し、現場の情報を「テキストと画像を組み合わせて」報告が可能。情報をサーバ側で一元化することで、リアルタイムの情報を多数の関係者が客観的に、かつ時系列に沿って共有できるようにするというものです。

従来の電話やメール等では情報伝達内容に齟齬が生じたり、意思決定が遅れるなどの課題がありましたが、クロノロの併用によりそのあたりもスムーズに。従来の災害対応のみならず、昨今の事件や世相を踏まえた情報共有や技術活用によるアップデートも欠かさない。そんな姿勢が垣間見える「総合復旧訓練」でした。最後に喜多村樹美男 代表取締役社長の講評から一部抜粋し、本記事を締めくくりたいと思います。

「日頃の真面目な仕事ぶりが伺いしれるようで、大変頼もしく思いました。(中略)事故が起こる際は好条件とは限りません。悪天候の中、深夜早朝、また大きな地震の後の余震が度々続くなかで活動しなければならないということもありますので、シナリオ通りというわけにはいかないでしょう。しかしながら、シナリオを作ってそれぞれが持ち場持ち場で何をしなければならないかということをやってみるのは、大変意義のあることだと思います。何を一番大事にしなければならないのか、何を伝えないといけないのか、そういったことが分かっていれば、シナリオ通りいかなくても大事なことはきちんと守れると思います」

記事:一橋正浩

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