「思いやりの嘘」は悲しみを癒やす?『ディア・エヴァン・ハンセン』はミュージカル入門にも最適な感動の青春ドラマ

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

S・チョボスキー監督による青春ミュージカル

ブロードウェイで上演され話題を呼んだ舞台を映画化した『ディア・エヴァン・ハンセン』。監督は『ウォールフラワー』(2012年)や『ワンダー 君は太陽』(2017年)などを撮ったスティーヴン・チョボスキー。主人公のエヴァン・ハンセンは、初代エヴァン役でトニー賞主演男優賞を受賞したベン・プラットが制作チームのラブコールにより再び演じている。

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

高校生のエヴァンは家庭環境など様々な要因から心理的な不安を抱え、日常生活をうまく送ることができずセラピーに通っていた。ある日、その課題で書くことになった“自分への手紙”を同級生のコナーに奪われてしまうのだが、後日コナーは自ら命を絶ってしまう。

しかも、コナーがエヴァンの書いた手紙を持っていたことから、悲しむ両親や周囲の人々は2人が親密な友人関係にあったと思い込み、仕方なくエヴァンも彼との(作り話の)思い出を語っていると、事態はだんだん大ごとになっていく。エヴァンがよかれと思ってついた“やさしい嘘”は周囲だけでなく、彼自身の状況も好転させるのだが……。

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

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現代的なテーマを描くミュージカル劇の壁

ブロードウェイ上演時には、インスタグラムなどSNSを題材とした先駆け的な作品だったようで、この映画版でもネット上における拡散の驚き、共感、中毒性、数の暴力といった正と負の側面をきれいに落とし込みつつ、ティーンエイジャーの心の動きを繊細に描いていると思った。

自分はミュージカル映画といえば、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)、『メリー・ポピンズ』(1964年)、『アニー』(1982年)、『ウエスト・サイド物語』(1961年)のような、揺るぎない評価を獲得した作品をクラシックとして鑑賞したことがある程度。制作チームが多大な影響を受けたという『RENT/レント』(2005年)や同音楽チームが手掛けた『ラ・ラ・ランド』(2016年)のような現代を舞台にしたものは、このタイミングで初めて観た。

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

本作も含め、それらの作品は現代的なテーマを題材にすることで、ミュージカルが持つ「現実の会話との乖離性」や「実際に起こっているシーンなのかどうかの曖昧性」などが、より違和として浮き彫りになっているように感じられ、正直ちょっと戸惑ってしまった。ただ、それは多分“慣れ”の問題で、そもそもミュージカル自体あまり観てきていない自分には、きっとミュージカルにおける記号的なシーンのありかた、独自の表現手法に対する知識がなく、きちんと理解できていない部分が多いんだろうなと。

そんな自分に落胆したのち、本作の制作資料を読んでいて、舞台「ディア・エヴァン・ハンセン」を映画化する上で、いかに肉付けしていくかに苦心したという脚本家スティーヴン・レヴェンソンのコメントを見て、なるほどと思った。

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ミュージカルの入り口になり得る作品

ステージではリビングを一つのテーブルで表現するが、映画では部屋一つをまるまる作り上げる必要があり、そこにはキャラクターのリアリティが当然必要になること、また回想シーンではエピソードそのものを曖昧な映像として具体化する必要がある、といったことをレヴェンソンは語っていた。

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

そもそもスタートが芝居だけではない音楽劇であり、一度舞台として完成したものを映画のフォーマットに置き変えるため、一から映画を作るのとは違ったプロセスが発生している――そういうフィルターを一つ自分の中に置くと、また別の視点・楽しみ方が立ち現れてくる気がした。

古風なテーマではなく、自分がこれまでよく観てきた現代のティーンエイジャーの葛藤を題材とした名作ミュージカルの映画化だからこそ、ミュージカル映画というものを初めて理解できたのだと思う。観慣れている人からすると当たり前のことなのだろうけれど。

『ディア・エヴァン・ハンセン』© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

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すでに舞台版を観ている人は当然気になる作品だろうし、自分は逆に舞台版を観たくなった。知らず知らずのうちに避けていたジャンルとして、ミュージカル/ミュージカル映画をもっと観てみようと思うきっかけになりました。

文:川辺素(ミツメ)

『ディア・エヴァン・ハンセン』は2021年11月26日(金)より公開

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