「学歴不問」あなたも宇宙飛行士になれる…かも? 有人月探査ミッションでJAXAが13年ぶりに飛行士募集

米国のアルテミス計画で、月面に着陸した宇宙飛行士のイメージ図(NASA提供)

 求む、月へと向かう日本人―。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が12月20日から13年ぶりとなる宇宙飛行士の募集を開始する。驚きなのがその条件だ。これまでは航空宇宙工学や医学といった理系の大学出身者に限られ、合格者はエンジニアや医師、パイロットなどの経験のあるエリートが名を連ねたが、今回はジャンルを問わず、3年の実務経験があり、身長や視力、色覚や聴力で一定の条件を満たせば誰もが応募ができるという。でも本当にチャンスはあるのだろうか?一体どんな人が選ばれるのか?(共同通信=矢野雄介)

 ▽月探査計画に向け多様な人材を

 「現役飛行士の私から見ても非常に魅力的なミッションだ」。2008年の前回試験で選抜された油井亀美也飛行士が採用説明会でほほ笑んだ。ミッションはアポロ計画以来の有人月探査。日本人で初めて月に降り立つ可能性がある。計画を主導する米国はその先の火星探査も見据えており、〝人類代表〟になり得る壮大な計画だ。また月からは宇宙に浮かぶ、まん丸の地球を見ることができ、油井さんは「私もぜひ見てみたい」と思いをはせた。

船外活動を行うJAXAの星出彰彦飛行士=9月(JAXA、NASA提供)

 JAXAは08年の応募条件にあった「自然科学系の四年制大学の卒業」「自然科学系分野の3年以上の実務経験」を削除した。油井さんは、文系、理系のどちらの出身かよりも、どんな経験を積んできたかが大きいと指摘し「訓練は非常に丁寧で、必要な素養さえ備えていれば大丈夫だ」と応募を呼び掛ける。

 自動車免許や泳力も選抜後の習得に変更した。身体的な条件も緩和され、158センチ~190センチだった身長制限は、野口聡一さんや星出彰彦さんが搭乗した米スペースX社の新型宇宙船「クルードラゴン」の登場で、149・5センチ~190・5センチに広がった。50~95キロだった体重制限も無くなった。

新飛行士募集を説明する油井亀美也さん

 背景には月探査計画が20年代後半に本格化するのを前に、多様な人材を確保したい思惑がある。08年の応募数は963人で、3人の飛行士候補が選ばれ倍率は約320倍だった。それに比べ、米航空宇宙局(NASA)の20年の募集では12000人超が応募し、10人が選抜された。倍率は1200倍超に上る。応募数、倍率ともにJAXAはまだまだ少ない。

 さらにステーション計画に参加する米国、欧州、カナダ、ロシアの宇宙機関と比べた場合、平均年齢が50歳を超え、女性飛行士がいないのは日本だけ。JAXAはこうした状況も課題としており、特に女性の応募は前回の1割から3割程度まで増やしたい考えだ。

 ▽世界的にも珍しい条件緩和

 大幅な応募条件の緩和を受けて、新聞やテレビのニュースには「学歴不問」「文系も」との文字が並んだ。JAXAによると、これほどの条件の緩和は世界的にも珍しいという。だがあくまでも募集段階の話。選抜試験では大学レベルの一般教養試験や、国家公務員の総合職相当の自然科学系試験が待ち受ける。

 さらに新飛行士が担うのは、地球から38万キロも離れた月探査。地球の400キロ上空を周回する国際宇宙ステーションは地上との通信が容易で有事の際も地上に戻りやすく「かなりの安心感があった」(油井さん)。

月を回る軌道に建設する新たな宇宙ステーション「ゲートウエー」の想像図(NASA提供・共同)

 だが月探査の場合は通信状況が格段に悪く、サポートしてくれる仲間が少ないため、精神的な負担は大きい。極限状態の中で適切に行動できる能力が必要で、油井さんは「非常に優秀な方に行っていただくことになる」と強調する。

 JAXAは具体的に必要な能力や実務経験についての言及を避けたが、油井さんによると、リーダーシップやフォロワーシップなど土台となる能力はこれまでの飛行士と変わらず、JAXA有人宇宙技術部門の川崎一義事業推進部長も、新たな能力を追加したからといって、これまで求めてきた能力については妥協はしないと強調する。

 試験を見事突破し、2023年2月ごろに選抜された若干名の飛行士は、23年4月にJAXAに入社する。その後は飛行機の操縦やジェット機による無重力体感、サバイバルなどの訓練を経て、25年3月ごろにようやくJAXAの宇宙飛行士に認定される予定だ。

船外活動を行う星出飛行士(JAXA、NASA提供)

 ▽「きれい」の壁を越えて

 ただ選抜されても国際的な月探査計画の変更などで宇宙へ行けない恐れも。油井さんのような現役飛行士と同様に、いつ宇宙に行けるか分からない中でモチベーションを維持し、訓練を続けられる自己鍛錬の力が求められそうだ。

 気の遠くなるような話で、今まで以上に優秀な人しか選ばれないなら、本当に募集の裾野を広げる必要があるのかとの疑問も湧いてきた。川崎さんは「機会は平等であるべきだと考えた。宇宙開発や探査を人ごとではなく、身近な自分のこととして考えてほしい。学歴などバックグラウンドでなく、最後に重要になるのは人。裾野を広げて会わないと分からないはず」と答えた。

 油井さんも会見で「自分の可能性の限界に挑戦することが重要だ」と呼び掛けた。自身も試験で他の候補者と競う中で成長し、友情が生まれたと振り返った上で「選抜されるかどうかは別として、何かしら得るものが必ずあるはず。私は13年間後輩がいない状態が続いており、非常に楽しみにしている」と期待を込める。

宇宙飛行士の(右から)油井亀美也さん、金井宣茂さん、大西卓哉さん。2010年5月、航空機による無重力訓練をする様子(JAXA、NASA提供)

 またJAXAは今回新たに求める能力として「宇宙での経験を発信する力」を追加しており、試験に盛り込む。一体どんな力だろうか。油井さんと共に選抜された現役飛行士の大西卓哉さんは、「飛行士は地球の美しい写真を撮影してSNSに投稿するために宇宙に行っているわけではない」と指摘し、職業飛行士が宇宙で何を考え、どんな仕事をしているかを伝えることが重要なはずと話す。

 大西さん自身も表現力に限界を感じることがあると明かした上で「宇宙から見た地球は『きれい』という、それ以上の言葉がないほど美しい」と説明。「その壁を越える人は、もしかしたら文系の人達じゃないか。言葉などで人の興味をぐっとつかめる人がいれば、きっと光る。既存の方法にとらわれない方法で発信してほしい」とエールを送った。

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