自分の和訳がまさか流行語大賞に入るとは  「ぼったくり男爵」もともとは米紙

「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた=1日

 5月初旬、米国特派員として有力紙ワシントン・ポストに目を通していたところ、新型コロナウイルスに揺れる東京五輪に関するコラムの一言に引きつけられた。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を「Baron Von Ripper―off」と呼んだ言葉。直観的に面白いと思ったが、どう訳すべきか頭をひねった。まさかその和訳が流行語大賞に入選するとは思ってもみなかった。

 1日に発表された今年の「現代用語の基礎知識選 2021ユーキャン新語・流行語大賞」の10選に、共同通信外信部の「ぼったくり男爵」が入った。たかが翻訳だが、されど翻訳。訳した経緯はこうだ。(共同通信=仲井大祐)

 ▽コラムの趣旨は「開催地返上」

 コラムが出たのは国内外で東京五輪開催の賛否を巡る論争がヒートアップしていた時期だった。ビッグイベントである東京五輪に関して外国はどう見ているのか、日本社会の関心も高まっており、五輪関連の要人発言やメディア報道を紹介する記事への需要は大きくなっていた。

 コラムの趣旨はIOCの過度なもうけ主義や腐敗を指摘する一方、新型コロナ対策に追われていた日本に、いわゆる「損切り」になったとしても開催地返上を促すものだった。バッハ氏を中心とするIOC幹部については、地方行脚で搾取し尽くす王侯貴族にたとえた上で「ホスト国を台無しにする悪癖がある」と痛烈に批判していた。

東京五輪の開会式で打ち上げられる花火。手前は点火された聖火台=7月、国立競技場

 ▽追いはぎ?たかり?

 その文脈で出てきたのが「Baron Von Ripper―off」だった。Baronは男爵、Vonはドイツ語系の名字に付くと高貴な出自という印象を与える。Ripper―offは「奪い取ってしまう人」という意味だ。ドイツ人のバッハ氏をやゆしようとした意図は明白だったが、日本語に訳すのには少し時間がかかった。

 幾つか候補は浮かんだ。「追いはぎ男爵」か「搾取男爵」か、もしくは「たかり男爵」か。いまいちしっくりこない。もっとぴったりの言葉はないか。米国人の同僚に電話してRipper―offの細かいニュアンスを確認した。イメージを膨らませようと、モニターにバッハ氏の写真を映してしばし眺めてみた。

 当時の菅義偉政権は世論の反発の中で五輪開催にまい進していた。IOCの姿勢は、その足元を見ているようにも見えた。「ぼったくり」という言葉が浮かんだ。辞書にもその表現がある。これでいくことにした。

 ▽コラムニストも喜んだ

 私は2014年のソチ、18年の平昌と、2回の冬季五輪を取材する機会に恵まれた。4年に1度の舞台の緊張感と華やかさ、それに向けて文字通り人生をささげるアスリートには尊敬しかない。一方で、毎回法外な開催費用が伝えられる五輪の運営、汚職疑惑が絶えないIOCの体質への批判も強い。「ぼったくり男爵」は少し意地悪かもしれないが、このコラムを日本の読者に紹介する意義はあると考えた。

 

「ぼったくり男爵」が選ばれ、スピーチする共同通信外信部の淵野新一副部長

流行語大賞に入選したと聞いた時は驚いた。「ぼったくり」と訳したことで原語とは少し違う印象を帯び、日本社会に渦巻く五輪への愛憎感情にマッチしたような気もした。だが、あくまで翻訳。本来の受賞者はコラムを書いたサリー・ジェンキンス記者かもしれない。

 ワシントン・ポストが今回の流行語大賞を東京発で報じており、ジェンキンス氏も知っているだろうと想像したが、なんとなく自分からも伝えた方がいいと思ってメールを送った。

 すると、ジェンキンス氏から「ありがとう! お褒めの言葉、うれしいです」と短い返事がきた。メールではこの言葉を思いついたきっかけも尋ねたが、それには答えがなかった。

© 一般社団法人共同通信社