ついに悲願達成! 緊迫のレース後半、ひとりでしていた“謎の行動”【井口&山内のBRZコラム Vol.8】

 2021年、スーパーGT・GT300クラスに新型車両を投入したSUBARU BRZ R&D SPORT。そのステアリングを握る井口卓人選手と山内英輝選手が毎レース後、交互に登場する当コラムも今回いよいよ最終回を迎えます。

 最終戦・第8戦富士スピードウェイでは3位でフィニッシュし、見事に両選手とSUBARU陣営にとって悲願の初タイトルを獲得! ここでは、2014年からSUBARU BRZでフル参戦を続けてきた井口選手が、最終戦の週末を振り返ります。

 また、以前に掲載した山内選手と同様に、ヘルメットカラーリングについても語ってくれました。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★

 みなさんこんにちは、井口卓人です。やりました! ついにGT300チャンピオンになることができました!

 新型BRZのデビューイヤーという、ものすごいチャンスの一年。いろいろと大変なこともありましたが、チームみんなで獲り切ることができてすごく嬉しいですし、関わってくれた皆さん、そして苦しいときもずっと声援を送ってくれたファンの皆さんに、感謝を伝えたいです。

 最終戦の週末は、「プレッシャーがなかった」と言えば嘘になりますが、意外と吹っ切れていたというか、緊張よりも「やるしかない!」という気持ちの方が勝っていたと思います。

 土曜日の公式練習は、山ちゃんがハード側のタイヤで走り始めてセットアップ。その後、ソフト側のタイヤでベストタイムをマークして、僕に交代しました。ガソリンが軽い状態で走るとグリップ感もしっかりしていて、フィーリングは結構良かったです。

 でも、そのソフトタイヤを履いたままガソリンを満タンにしてロングランを始めると、何周後かにはもう左フロントタイヤにアブレーション(ささくれ)が出始めてしまいました。タイムも一気に1分38秒とか39秒にまで落ちてしまった。おそらくあのタイムを見て、「決勝ペースは大丈夫なのか?」と思った方もいるかと思います。

 その後のFCYテストの時間帯にハード側のタイヤで走ってみると、タイヤのフィーリングがまるで違っていて、ものすごく「しっかり感」がありました。昨年の最終戦でもダンロップ勢は柔らかい方を選んでいて、2回ピットインするなどかなり苦戦していた。そんなこともあって、今回はハード側のタイヤを選択して予選に臨むことにしたんです。

公式練習では的確なタイヤを選択することに成功

 そのためか予選でのウォームアップはいつもと比べると良くはありませんでしたが、なんとかアタック1周目にいいタイムが出せました。2周目は前のクルマに引っかかってしまったので途中でアタックをやめましたが、タイム的にはまだまだ伸びる感覚があり、フィーリングもとても良かったです。

 とはいえハード側のコンパウンド、まさかQ2担当の山ちゃんがポールポジションを獲るとは思っていなかったです。52号車(埼玉トヨペットGB GR Supra GT)が速いだろうし、自分たちはせいぜい2〜3番手かなと思っていたので。ほんと、山ちゃんは「さすが!」という感じでした。

 決勝は僕がスタートを担当。優勝したSUGOのときと同じパターンです。

 スタート直後からいい感じで後続を引き離していけたのですが、セーフティカーが入って一度タイヤが冷えたせいなのか、再開後はピックアップ(タイヤ表面にタイヤかすが付着する現象)が起きてしまい、ちょっと振動も出てたりしてペースが上げられませんでした。60号車(SYNTIUM LMcorsa GR Supra GT)に抜かれてしまいましたし、一番苦しい時間帯でしたね。

決勝では井口がスタートを担当。SC導入までは好走したが、その後苦戦に転じる

 そうこうするうちに、周囲のライバル勢がピットへ。セーフティカーのリスクなどを考えると僕も入りたいなという思いもありましたが、後半スティントの苦しさはこれまで何度も味わってきているので、できるだけ真ん中(レース距離の1/2)まで引っ張りたいという思いも強かったです。

 ところが、最終的にはピットアウトしてきた車両に行く手を阻まれてしまって……。「あと2周くらい、頑張れ」と言われていたのですが、タイムロスが大きいと判断して、自分からチームにピットインを進言しました。

 山ちゃんに代わってからのレース後半は、ものすごく長く感じました。いままでのレース人生で一番長く感じたかもしれません。

 もうドキドキしすぎて、みんながいるガレージのところにはいられなかったんです。それでピット裏の小部屋に入ってひとりになって、遠くを見つめて祈っているだけ、みたいな感じで。部屋のなかでうろうろしてみたりと、いま考えると自分でもよく分からない行動をしていました(笑)。

 そのときは無線も聞いてなかったんです。あとから聞いたら、チームから「プッシュ! プッシュ!」とずっと言われていた山ちゃんは、「この順位だとまずいのかな?」と思いながら走ってたらしいです。もし僕がリアルタイムでその無線を聞いていたら、サインガードに走って「もっと状況を伝えてあげて!」って言ってたと思います(笑)。でも、チームもチームで「普段どおりにやろう」としていた結果だったのですけどね。

 気づいたら残り5周くらいになっていて、そこで初めてみんながいるピットの方へ出ていきました。

 ピットウォールに登ってマシンを迎え、チームのみんなと熱い抱擁を交わすと、自然と涙が出ていました。パルクフェルメで帰ってきた山ちゃんを迎えたときは、ずっと山ちゃんと一緒に「獲る・獲る」と言ってきたタイトルが獲れた、ようやく叶ったな、という嬉しさがありました。

タイトルを決め、パルクフェルメで抱き合う井口卓人と山内英輝

 新型BRZが導入された今季、期待していただいたファンの方もものすごい多かったと思いますが、やはり新型になってすぐには思うような結果が出せず、とくに前半戦は個人的にもいろいろと苦悩しました。

 そんなときでも、ファンのみなさんの応援はものすごく力強いものでした。

 新型BRZに対してチームのみんなの理解度もどんどん深まっていき、同時にダンロップさんとの開発もうまくいき始め、それが次第に結果となって現れました。(第7戦)もてぎではその流れを失いかけそうな危ない瞬間もありましたけど、最終的には「みんなの思いを乗せて最終戦を気持ちよく走ろう」と思えたし、実際に走ることができました。SUBARUファンの方々の想い、そしてこのクルマを作り上げてくれたチームに対しては、本当に感謝しかありません。どうもありがとうございました!

■『葛飾北斎』風ヘルメットを紹介。ピットロードではバイザーを閉める派

 さて、最終回となってしまいましたが、今回は僕のヘルメットのカラーリングについて紹介したいと思います。

 山ちゃんの回でも触れていましたが、彼がカート時代のカラーリングに戻したのは、僕の影響です(笑)。

 僕のカート時代は、チームに『全日本に出るドライバーのみが許される』伝統的なカラーリングがあって、それで走ってました。

 その後、ステップアップして自分の好きなデザインにしていたんですけど、レースを始めて10年という節目に「初心に戻ろう」と思ってカート時代のデザインに戻すことにしたら、山ちゃんも「俺もそうするわ」って。そこから、いまに至っています。配色は変わっていますけど、この黄色のラインはカート時代と一緒ですね。

 昨年までは白ベースに赤と緑っていう感じだったんですけど、毎年ニュル(ニュルブルクリンク24時間レース)だけは年1回なので面白いことをやっていて、それで一度こういう色合いにしたら結構評判が良くて。なので、今年はGTでも色合いを変えてみようと思ったんです。

 ペインターは九州のサイドワインダーズさん。今年のヘルメットをペイントするにあたっては「和風にしてください」とお願いしました。「葛飾北斎みたいな」って。なかなかカッコ良くないですか? 配色を変えたおかげで、今年はいままでで一番、イメージが変わったかもしれません。

 ちなみに山ちゃんはGTでもバイザーを下ろして走るタイプ。僕はピットロードでは目を見られたくないので(笑)、閉めています。コース上では陽の加減次第ですが、開けていることが多いですね。ホンダ系のドライバーは閉めている人が多いイメージ。皆さんも、コクピットの中のヘルメットをよーく見てみてください!(笑)

 ★ ★ ★ ★ ★ ★

 一年間、山ちゃんと交代で続けたこのコラムも、これで最終回です。最後にいい報告ができて、本当に良かったです。読者の皆さん、改めて応援ありがとうございました! 2022年シーズンもよろしくお願いします!

© 株式会社三栄